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<   2013年 07月 ( 36 )   > この月の画像一覧
ひとつの会を終えて
昨晩は、発起人として、とある御祝い会を開催。総勢200余名が集まってくださり、とても盛大かつ楽しい場になった。

出席してくれた面々の間をまわりながら、「繋がり」というものの見えない力というものを感じ、また、「賛同し自ら足をはこんでくれる気持ち」には、感謝を越えて、いつくしみさえ感じた。

みんなが繋がっていく力は、やがて大きなものを創りだす力に変わってゆくだろう。

確信が変革にかわる日も間もなくだ。
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by k_hankichi | 2013-07-31 07:18 | 一般 | Trackback | Comments(6)
少年にようやく一勝(バス停一番争奪戦)
少年は無言で首をうなだれていた。足も重そうだった。いつもは、動物のマーキング行動のように、バス停のポール付近をぐるぐると歩き回っているものが、今日は僕から1メートル程のところにじっと佇んで虚しく空を眺めている。

そう、今日は久々に僕がバス停順位一番を取ったのだ。この夏に入ってから、ずっと敗退が続いていた。だからバス停から交差点の横断歩道まで、全て少年の縄張りになっているかのようで、少年の示威行動はエスカレートするばかりだった。示威・・・。その時間に乗るのは僕たち二人だけだから、そう感じているのは僕だけなのだ。だからなおさら悔しかった。

しかし久々の一勝。僕はしっかりと足を踏ん張り、道の向こうの、とある施設がある森を涼しげに見つめ、少年が近づいてきたことに気付かぬように静かに呼吸した。

少年も少年で、そっと、足音もたてぬまま僕の横に、僕が眺める視線を避けて、手持ち無沙汰に佇む。マーキングが出来ぬ朝。哀しき空間。

6時47分発、駅行きのバス停。男と少年だけが知っている峻厳なのだ。
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by k_hankichi | 2013-07-30 07:10 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)
「ごてすか」と 書こうと思い 調べゆき 又だとわかる 母親造語
“「ごてすか」と並んでいる有様が、中国と日本の露店では違うんだよなあ・・・”と思って、そう書き始めようとした。そのとき、「ん?・・・もしや?」という気持ちが一瞬頭をかすめ、調べた。

「もしや」は「またか」だった。

「ごてすか」は辞書に乗っておらず、僕の母親造語だったらしい。

しかし50有余年、じぶんでは、いろいろな機会に常用形容詞として使い続けてきたこの言葉。実家では母と僕ら兄弟は普通の会話のなかで良く用いていたこの言葉が、母親語だと分かった瞬間、うっすらと血の気が引いた。

「リビングのテーブルの上に使わないものをごてすか置いとかないでよ。」

「このスーパー、やけに棚にごてすかと並べてるわね。」

「飾り付け、ごてすかしすぎてない?このケーキ。」

「あのおばさんの服、ずいぶんごてすかしてるわね。」

「サイドボードのなかには、こけしとかは、ごてすか入れすぎちゃ駄目よ。」

「読書感想文は、あらすじなんかごてすか書かずに感じたことを書きなさい。」

「バス停の横の『揚子江』のタンメンはごてすかしていないから良いわね。」

「三越と高島屋が一流で、伊勢丹は二流。小田急や西武はそのつぎ。京王はデパートとしてはごてすかしすぎているから駄目。」

「神奈川は殺風景ね。ごてすかしていないけど、やっぱり田舎ね。」

『舟を編む』のなかの『大渡海』に、用例採集をして欲しい。
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by k_hankichi | 2013-07-29 06:56 | 一般 | Trackback | Comments(4)
上海の夜景の、暑く蒸せる空気とぬるい川面の記憶の重みの憂鬱
上海からトンボ帰りで帰国したが、まだ身体のなかに、かの地のせわしなさと悠久さと、朝の喧噪と自由さと、争うような新規性と伝統と、複雑さと求心力と、自己主張と民族意識と、新しさと古さとが、ぐるぐるとうごめき続けている。体調が悪いというのではなくて、心が不安定だ。

こういった感覚は、いったいどこから来るのかと考えていたが、それはこの地が、中国大陸のど真ん中をチベットから東シナ海まで貫通させる、世界第三位の長さ6300kmの河川の集大成の地にあって、ありとあらゆる物事がここに集約さされたものだからかもしれないと思った。

揚子江(長江)は、すべてのエネルギーと歴史と、民族と思想と、味と文化とが、何百層何千層に重なり混ぜ合わされ、それが海に吐き出される。日本の河川の短さ急流さとは全く異なる、すべてを悠然と包括する懐だ。

その夜景のことを思い出す。

暑く蒸せる空気とぬるい川面は、ゆっくりとしか動かず、しかし、そのなかに内包するものの記憶はあらゆるものを含んでいて重く、だからそれが僕を依然として今もこのように憂鬱にさせるのだ、と気付いた。

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by k_hankichi | 2013-07-28 09:04 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)
茹であがるような喧騒のなかで・・・上海の生きるエネルギー
上海の朝は早い。そして7時だというのに37℃はありしかも湿度は猛烈だ。少し歩いているだけで汗でだらだらになり、下着か皮膚か見分けがつかなくなる。たしかに上半身裸な男があちこちに居る。そして人々はてんでん勝手気儘に動き回っている。

下町のあらゆる飲食店は開いていて、麺や饅頭や、野菜と肉を炒めたものなどを、人々は貪るように食っている。歩きながらも食っている。中国風の西瓜のようなものを鷲掴みでかぶり付き、汁をしたたりおとしながら、路地を行き交う物事を眺めている。

ただ座っているだけの男たちもいれば、自転車にこんなに積めるのかと目を見張るほどにした自転車を、うんうんと押している老婆がいる。

太極拳を踊る夫人がたもいれば、ドレスを着飾り社交ダンスを舞う男女もいる。その横で男たちが真剣にバドミントン試合をしている。また別の太極拳チームが舞っている。その伴奏音楽が大音量で鳴っているがそのラジカセは驚くほど小さいからまた不可思議だ。

豫園(ユーエン)という古い市街には、一体どれだけの数の人々が住んでいるのだろう。そのなかには寺もあり、池もあり、膨大な数の鯉が泳ぎ蠢く。あらゆる食い物があり、これは余剰というか誰が買うのかと不思議に思うほどおかしな雑貨類に溢れる。

この街は魔界だ。もうしばらくここに居たら、いつのまにかきっとヤクザの博打打ちたちの煤けた部屋に居て、朦朧とした下僕になっているだろう。

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by k_hankichi | 2013-07-27 12:15 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)
上海で想う「夢の途中」とシェイクシピアのソネット第87番
上海の朝は太陽も乳色の雲にかすれて煙っていた。その下に拡がる破壊と再生の景色にしばし唖然とした。

機中は吉田健一の訳詩集『葡萄酒の色』(岩波文庫)を読み続けたから、切り替えが厳しいこともある。なかでもシェイクシピアのソネット第87番には、僕がカラオケでよく歌う「夢の途中」(来生たかお)とそっくりな詩で、まだ頭のなかが混沌としている。

「第87番」

君は私のものになつてゐるのには価値があり過ぎて、
君もそれを知つてゐるに違ひない。
それだけで君は私から離れて行つていいので、
それに対して私は何も言ふことは出来ない。
私が君を自分のものにしてゐるのは、君がそれを許したからで、
さうされていい資格が曽て私にあつただらうか。
その正当な理由が私にはなくて、
私は君を君に返す他なくなつた。
君は君の価値を知らずに、或は私を
見損つて、私に君自身をくれた。
今君はそれに気が付いて、
誤解で減じることがなかつた君の価値は君の所に戻つて行く。
かうして私は、今まで夢を見てゐる時のやうに君を自分のものと思ひ、
せの自分を帝王にも比べて、醒めて見ればそれどころではなかつたのを知る。

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訳詩集 葡萄酒の色 (岩波文庫)

岩波書店

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by k_hankichi | 2013-07-26 08:49 | | Trackback | Comments(3)
遣る瀬なさは希望に変わるか儚い夢か・・・ドラマ『Woman』
ここ10年来、会社の退勤時間を促す構内放送は、ドボルザークの交響曲第9番第2楽章「家路」だ。ノーオーバーワークデーは午後6時に、それ以外は午後10時にメロディが流れる。

そのたびに、あー、やめてくれぇ~、この忙しいときに遣る瀬ない気持ちにさせるのわぁ~、と唸っていた。やる気を無くさせるには300%の効果がある。つまり退勤促し効果としては満点なのだが、いくらなんでもそこまで悲しく落ち込ませる必要はないよなあ・・・と感じるのだ。

しかし、そんなメロディが、なにか「希望」のしるしなのだと思わせてくれるものに出会った。日テレ水曜夜10時のドラマ『Woman』。

脚本は、僕が一番注目している坂元裕二だ。直近から遡ってみれば、『最高の離婚』、『負けて、勝つ(吉田茂)』、『それでも、生きてゆく』、『Mother』、『チェイス~国税査察官~』など、僕が填まったドラマは実はほとんどが坂元によるものだ。

さてドラマ。件のドボルザークは、そのメロディを歌詞とともに母子が口ずらむところから始まる。亡き父親との思い出の曲なのだ。母子にとっては、これは辛い時にも父親の優しさを思い出す希望の曲なのだ。

母、青柳小春(満島ひかり演じる)と、子供の青柳望海(鈴木梨央演じる)、青柳陸(高橋来演じる)は、父親を亡くした母子家庭にある。収入があまりない一家なのだが、母に病気が見つかる。そんななか、父親に死をもたらしたのは、小春の異父姉妹の植杉栞(二階堂ふみ演じる)の嫉妬が絡んでいたことが分かってくる。

実の母親、植杉紗千(田中裕子演じる)はそれを知り、あまりの衝撃にそれを隠すことを子に言い含める。何もしらない紗千の夫(小林薫)の、風船が萎んだような腑甲斐なさが、哀れさを加速する。

第三話まではこんなかんじだが、この先の坂元ドラマは、もうどんな悲しみが待ち受けているか分かるようで分からず、だからテレビの予告編さえみるのが憚られる。

人生の「旅路」は遣る瀬ないままなのか、希望に変わるのか、儚い夢に終わるのか。いま、『Woman』が見逃せない。

■『Woman』のトレイラー→http://youtu.be/_NFO7kLjhao

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by k_hankichi | 2013-07-25 07:51 | テレビ番組 | Trackback | Comments(2)
初めて見つけたアラビヤンナイト・・・しかし安寿と厨子王
昨日の出先で、ずっとずっと探していて、どうしても入手できなかった『千夜一夜 アラビアンナイト』(大宅壮一訳、集英社・全10巻)が書棚に並んでいるのを発見してしまった。

全巻揃いの箱入り美本。焼けや染みもなく、発売当初の状態そのままに近い。

あああぁっ・・・と、声が出て、次いで、こんなところにあるんですね、と呟いてしまった。

その棚の左隣には、河出書房新社・池澤夏樹個人編集の世界文学全集が揃いで並んでいる。しかも手付かずの、見るからに触ると指先が切れそうな状態。

表紙を開いてそれぞれ中身をみると、読まれた形跡が全くないことに更に驚く。

全て、その訪問先が買い揃えたもので、その組織に属している人であれば、無料で借りることができる。

え〜!こんな夢のような場所があるのか、と目の前の現実がにわかには信じられなかったが、みなさんには興味が寄せられない様子。

何故に?・・・と脳内にエニグマが輪を描いたけれども、どう転んでも訪問者の僕にはそれらの本を借りる権利はない。

「読むことをお薦めします」と諭し、かくして夢にまで見たアラビヤンナイトは安寿と厨子王となったのでした。

ああ読みたし大宅壮一の訳、ああ見たし牧野邦夫の挿し絵。
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by k_hankichi | 2013-07-24 06:28 | | Trackback | Comments(3)
内田樹のオピニオンに納得(2013参院選)
今朝の新聞で、内田樹が参院選についての解釈をしていて、おもわずポンと手を打った。納得。

曰く、いくつか拾ってみる。

“近代の歴史は「単一政党の政策を100%実現した政権」よりも「さまざまな政党がいずれも不満顔であるような妥協案を採択してきた政権」のほうが大きな災厄をもたらさなかったと教えている。”

“ではなぜ日本人はそのような統一性の高い組織体に魅力を感じるようになったのか。それは人々が「スピード」と「効率」と「コストパフォーマンス」を政治に過剰に求めるようになとたからだ、というのが私の仮説である。”

“私はこの時間意識の変化を経済のグローバル化が政治過程に浸入してきたことの必然的帰結だと考えている。政治過程に企業経営と同じ感覚が持ち込まれたのである。”

“国民国家はおよそ孫子までの三代、「寿命百年」の生物を基準としておのれのふるまいの適否を判断する。「国家百年の計」とはそのことである。”

“古人はこのような未来を軽んじる時間意識のありようを「朝三暮四」と呼んだ。私たちは忘れてはならないのは、「朝三暮四」の決定に際して、猿たちは一斉に、即答した、ということである。”

今回の参院選での投票評決結果は、国民一同がそうなっていくのだよ、という警鐘だ。現政党は、原発の廃棄、年金の破綻対応、食料自給は後世がやることにして何も言及せず、目先の結果に焦点をあてる。

「荘子の教えは耳が痛い」と言うだけではいけない。
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by k_hankichi | 2013-07-23 07:35 | 社会 | Trackback | Comments(3)
ねじれを取る必要はない
ねじれ国会をなくす、という良くわからない論理で、選挙戦が繰り広げられ、そして、その通りになった。

人々の考え方、観方、想い、信念、希望、祈念など、それぞれ多種多様であり、一元化できるようなものごとはない。すべてはメタファーの世界だ。

一元化、整流化、終始一貫できることは、すばらしく簡明で、障害なく簡単なことなのかもしれないが、世の中の意志決定が、そんなに簡単に決まってよいなどとは思わない。

だから、複雑なる想いで、選挙戦の、出来試合的な趨勢を横目で見ながら、ふける夜のひとときを過ごした。

テレビのアナウンサーまでもが、「ねじれ国会が解消される」と、すこし朗らかな面持ちと口調で語るこの時代をみるにつけて、ほんとうに不安な気持ちになった。
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by k_hankichi | 2013-07-22 00:14 | 社会 | Trackback | Comments(4)