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静けさのなか、ひたひたと心に沁み入る心象風景・・・『秋の朝 光のなかで』(辻邦生)

学生時代は、辻邦生の小説やエッセイがとても好きだった。いまでも書架の一番上の段には、彼の全集(僕の友人の一人が何をおもったのかプレゼントしてくれた)が西脇順三郎や森有正の本と並んで鎮座している。

しかし並んでいることと、すべて熟読したか、あるいは今読んでいるかということとは異なっていて、だから神保町の小宮山書店のガレージ市でこの本の背表紙を見ても、その小説を読んだことがあるのかなかったのか良く分からなかった。

『秋の朝 光のなかで』(辻邦生、筑摩書房)は、表題作のほかに、「サラマンカの手帳から」、「神様の四人の娘」、「橋」、「遠い園生」、「風越峠にて」が収録されているが、どれも初めて読むストーリーに思えた。「サラマンカ・・・」は名前になじみがあるけれども、どうひっくり返っても、読んだ記憶がなく、だからおそらく、そうに違いない。

「風越峠にて」が素晴らしかった。次のようなシーンが最後の部分にある。

“風越峠をぼくが歩いてゆくと、背後から風が吹きすぎてゆきました。その風の音にまじって、一つの声が聞こえるような気がしました。

二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が独り越ゆらむ。

私がご一緒だって本当に寂しいその峠の道を、あなたはいまたったお一人で越えていらしゃるのね。どんにか風が身にしみるでしょう。秋は風が強いのよ、その峠は。ごいっしょだったらと思うけれど、駄目なのね。もう駄目なのね。

それはたしかに志貴子の声であったと、いまも思うのです。”

これは、学生時代に戦争にとられる前に恋をした男が、その亡き彼女との足跡をたどって風越峠を歩いた時に聞いた言葉であるが、記憶と風、砂糖菓子のように儚くしかし貴い愛の気持ちを描く辻の真骨頂なのだと思うのだ。

その歌は、万葉集のなかで、大伯皇女が弟の大津皇子を偲んで詠んだ歌のひとつだ。

堀辰雄のような純粋で透徹なる世界に加えて、しかし、辻の場合、そのなかにいろいろな愛憎の遍歴が隠されているそういう世界に、この歳になって、ようやく回帰していくような気がする。

秋の朝光のなかで (1976年)

辻 邦生 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2013-05-31 00:14 | | Trackback | Comments(4)

梅雨入りの恵み

関東は、平年より10日早い梅雨入りになった。今朝も弱い雨が降り続けている。

僕は雨や台風や雪が好きなので、梅雨もその例外ではなく、なにか気持ちがほっとしている。

雨に慕情を感じるようになったのは、小学生のころだったか(或いはもっと前からか)、永谷園がお茶漬け海苔のパッケージのなかに一枚、安藤広重の「東海道五十三次」のカードを入れ始めたころからのような気がする。

袋のなかには毎回異なる宿場のカードが入っていて、そのなかに訪れたことがない雨降る風情の街道や村が描かれているものがあるたるたびに、遠い昔と遠い場所、遠い人々の思いが重なるようなかんじで、陶然とした気持ちになるのだった。

ちょっと薄暗い部屋の夕暮れに、そんなカードの数々を机のうえに並べて、絵のなかで歩いている人々の旅の軌跡を繋げて、空想の話を考えたりした。

いまも雨は不思議と気持ちを落ち着ける。静かに沈みゆく感覚は水のなかに居る感覚とも似ている。
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by k_hankichi | 2013-05-30 06:36 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

静かな声が聞こえる・・・『光抱く友よ』(高樹のぶ子)

会社を少し早く退けて医者に寄る。喉風邪らしい。ひさびさに身体が重く沈み込む。

横になりながら晩に読んだのは、静かな声が聞こえる・・・『光抱く友よ』(高樹のぶ子、新潮社)。彼女の芥川賞受賞作だ。1983年下期。

高校の同じクラスにいる一つ歳上の生徒(留年している)との、友情の芽生えと、彼女に追い付けない焦燥とも羨望ともつかぬ感情が、滲みでてくるような小説だった。

友人は、アルコール中毒の母親を疎んじるようでいて、しかし心底はやさしくいたわる。男や大人を手玉にとるある種の狡猾さ妖艶さも持ち合わす。

そんな彼女に憧れる一方で、ふとしたことから彼女と交わした約束を破りそうになる。彼女は、憤るような表情、そしてそれは悲しむ眼差しに変わり、それが消えたかと思うと、あわれむような、悼むような静かな気配が拡がっていき、あとに、澄んだ水のようなまなざしが残される。

もはや覆すことの不可能な高めますから見下ろされているような、とする。

これを読んで、僕は、安岡章太郎の『サアカスの馬』のことを思った。

光抱く友よ (新潮文庫)

高樹 のぶ子 / 新潮社

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by k_hankichi | 2013-05-29 07:14 | | Trackback | Comments(2)

吸い込まれるような写真の秘密・・・『不完全なレンズで(回想と肖像)』(ロベール・ドアノー)

このあいだ、神保町の小宮山書店のガレージセールで、よっぽど買おうかと思った写真カードの片々が、この本には収められていた。故に一石二鳥ということになる。『不完全なレンズで(回想と肖像)』(ロベール・ドアノー、月曜社)。

ロベール・ドアノーは、石版画彫りという、彫刻針やビュランで石灰性の石の表面を引っ掻く画法を専門学校(エコール・エチエンヌ美術工芸学校)で修めたのち、パリのリトグラフ工房で働く。

そののち、写真家に転向した。写真家といってもルノーの自動車工場で、車の部品を撮影する工業写真である。
http://www.robert-doisneau.com/fr/portfolio/automobiles-renault.htm

第二次世界大戦中は、レジスタンス運動に加わり、その後は通信社に転ずる。そこで彼の写真家としてのスキルが開花する。もちろん、もともとあった能力が顕在化しただけなのだと思うのだけれど。

サン・ドニ街の街角を気だるく歩く娼婦を撮った映像からは、パリの憂鬱が漂い、思わず引き込まれそうになる。

物理学者のルイ・ドゥ・ブロイの写真からは、いかに物理がエレガントなのかが零れおちてくる。
http://www.robert-doisneau.com/ressources/photo/12/diaporama,2031-3-Louis-de-Broglie-au-tableau-noir,.jpeg

ティクトンヌ通りの安食堂を写したものからは、やるせないどん底の、うらぶれた気持ちが滲み出てきて、こちらまで生きる意欲が萎えてくる。

フェルナン・レジェは、彼の描く絵と同じ能天気な顔だとわかり、パブロ・ピカソは、食卓を前にしているだけなのに、なんとも色気がある。
http://www.robert-doisneau.com/ressources/photo/2/diaporama,532-Fernand-Leger-dans-ses-oeuvres,Gif-s.jpeg

ピカソと暮らすフランソワーズ・ジローとのツーショット写真は、虚ろになった二人の関係が、語らずとも分かる。
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1545.html

モーリス・ユトリロは僕の親しい友人が老成したらこんな感じだろうというほどの風情で、芸術と哀愁とが入り交じる。
http://www.robert-doisneau.com/fr/portfolio/peintres-sculpteurs.htm

このエッセイはだから彼の写真家としての回想ではなくて、その眼前にあった人や街や空気についての回想なのだ。

不完全なレンズで―回想と肖像

ロベール ドアノー / 月曜社

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by k_hankichi | 2013-05-28 07:48 | | Trackback | Comments(0)

理想を語り熱意で切り拓く夢ではじまる

寝る前にしていたことのせいなのか、今朝は理想を語り熱意で切り拓く夢。しかもオムニバス。

第一話。最近の目覚ましい発展の末に、日本との貿易交渉や条件で譲らない某国。その国に或る製品を売りたいが、それも同じ憂き目に合っていた。

僕はその国の高官と会い、製品はその国の技術では出来ないこと、それが皆の生活や感性を触発すること、互いの未来を創ることに寄与することを訴えた。

高官は真剣な眼差しで僕を見つめる。しかし、国の規定や条項があるので出来ない、という冷たい姿勢。

翌日もその高官が居る役所に出かける。同じスタンスだった。帰りがけ、書類の束をエスカレーターの上から投げつけられる。

むっとして拾い上げると、それは官庁の規定・条項を変更して輸入を許諾するという文書だった。

彼は僕の熱意と目指すところに共感し、その改定に尽力してくれていたのだった。

第二話。話しの中で、僕の肌の色は黒かった。父親は黒く母親は白い。だから僕はいわゆる混血児ということになる。日々の生活の中でも差別はまだある時代だ。

そんななか、若い僕は恋に落ちた。相手は、透き通るような白い肌とグレーがかったブルーの瞳をした女だ。

僕らは互いに両親に結婚したいことを告げる。彼女の両親は猛反対だ。

しかし僕の両親は、大丈夫です、僕らはそれを乗り越えた、と静かに語る。そして場はいつのまにかパーティーになっている。

互いの親族達が、着飾って祝いの場に集まっている。黒、白、黒、黒、白、白。人びとは互いに明るく歓談し、嬌声も上がっている。成せば成るという気概が通じた善き祝いの席だった。

第三話。これは第二話の続きだ。自動車の高層パーキングタワーの駐車契約で、揉めている。白人は、エレベーターが停まる5の倍数のフロアに優先的に権利を持つ。しかし我々にはそのスロットはなかなか分け与えられない。

しかし先達はこういう。彼らだっていつも確実に駐められるとは限らない。溢れれば上に下にさ迷いながら5の倍数のフロアに駐めようとする。

だから我々は、5n+2のフロアに先手を打つ。

白人と我々の人数比は、1:1だ。5nの階の比率は少ないのにそれを求めるのは馬鹿げている。

プラス2の発想。駐める場所が無いと慌てふためく必要はなく、さっさと駐めて階段を2つ下りさえすれば良いのだ。なんとなれば、5n+1のフロアに駐めたって良い。誰も契約していないのだから。

いわく、固執は何事においても墓穴を掘る。
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by k_hankichi | 2013-05-27 08:08 | 夢物語 | Trackback | Comments(2)

「我が唯一の望み」とは?・・・貴婦人と一角獣

六本木の国立新美術館で開催中の、フランスのクリュニー中世美術館の企画展「貴婦人と一角獣」のタペストリーは、それを目の前にすると、言葉ということや思考ということを忘れてしまうほどのもので、特に、6枚目の「我が唯一の望み」は、最も惹かれていた。今でもときおり思い出す。

そんななか、この週末の日曜美術館(NHK Eテレ、5月26日)は、これらのタペストリーの歴史や、それぞれの構図の意味を、わかりやすくひも解いてくれたものだった。アニメ「ガンダムUC」のエピソード1「ユニコーンの日」で、希望の象徴としてこの絵を回想するシーンが出ていることの紹介から始まって、だんだんとプロフェショナルの目線でこの由縁を明らかにしていく。

映像も美しい。クリュニー中世美術館の静謐なたたずまいから始まって、絨毯の織りの仔細なところまで映し出してくれる。500年以上の歴史を経て今に伝えられた運命のすご味。

タペストリーの依頼主は、アントワーヌ・ル・ヴィストという代々法律を司ってきた名家。夫であるアントワーヌが、妻ジャクりーヌへの心を表わすために作らせたとする。

当時、五感のそれぞれは人間の気持ちを乱すもので、それらにかかわっていることが卑しいところに落ちていくものだという見方もあったということ。外界との接触の多さで卑しさの序列があり、低いほうから「触覚」、「味覚」、「嗅覚」、「聴覚」とつづき、聖書を目で読む「視覚」がその上にあるというのだ。

気持ちを乱すさまざまな物事を捨て去り、貴婦人は宝石箱のなかに自分の宝石をも外し捨て去ろうとしている。虚飾を排除し、そして自らの唯一の望みを手に入れたいとする。

手に入れようとしたもの、それはなにか。

「自制の心」と「愛」なのだという。

ユニコーンはキリストを表わしている。貴婦人は聖母マリアだとする。

自らを律する純粋な気持ちを表そうとしたのだ。なかなかこのように振る舞えない自分を省みる。

それにしても、この番組で解説をされていた名古屋大学教授の木俣元一が、自分の書架から本を取り出すところで、吉田健一の『時間』がその並びにあるのが垣間見られた。ああ、この人は信じられる、と嬉しさに満たされた。

■「我が唯一の望み」(Wikipediaより)
ココ→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%A8%E4%B8%80%E8%A7%92%E7%8D%A3c0193136_21115444.jpg
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by k_hankichi | 2013-05-27 00:27 | 美術 | Trackback | Comments(4)

男の語る心の機微・・・『持ち重りする薔薇の花』(丸谷才一)

世界的に名声を博した弦楽四重奏団、ブルー・フジ・クヮルテットの男メンバー4人は、それぞれが尖がった個性の持ち主で、それだから演奏のなかでの思想のぶつかりあい、哲学のぶつかりあいが素晴らしい音楽となって昇華される。

『持ち重りする薔薇の花』(丸谷才一、新潮社)は、そのクヮルテットの設立から、第一ヴァイオリンの厨川が最後に退団するまでの30年ほどの間におこる様々な出来事を、経団連会長の梶井が語り続ける、という趣向の小説だ。

吉田健一の小説の語り口に近い、すこしづつ物事を明らかにしてゆくような、そしてそれが実際に世の中はそうなっているのだと実感できるのだと納得させられるような、美しく深いものだった。

音楽の美だけでなく、愛憎、葛藤、嫉妬、といった心の機微がその間に織り込まれていて、それはとっても面白く、だからこの小説は、これからも何回か繰り返し読んでいくことになるだろう。

※ほんのカバージャケットのデザインは和田誠で、これもまた良かった。
ココ→http://www.tis-home.com/wada-makoto/works/10

持ち重りする薔薇の花

丸谷 才一 / 新潮社

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by k_hankichi | 2013-05-26 10:39 | | Trackback | Comments(0)

牛込神楽坂の銭湯『第三・玉の湯』で締めくくる、飯田橋彷徨いの昼下がり

足腰を鍛えるべく、今日は昔懐かしい地域を歩くことにした。

飯田橋の駅を降りてふと道端を見ると、そこには「東京農業大学開校の地」の碑。あれ、神奈川にも拠点があるこの学校は、こんなところに元があった。さらに足を進めると、新徴組(しんちょうぐみ)屯所跡とある。1862年に結成された江戸幕府による警備組織のようで、責任者は高橋泥舟と山岡鉄太郎。通学路の脇に、歴史あり。

路地裏には下町の古い家屋もあり、二合半坂のたもとのルーテル教会も健在だ。中学校の脇にあった大きな邸宅は、マンションのような建物に様変わりしていて、時は移り変わるのだということを納得させられる。

さて、その学び舎はどんな具合になっているのかと思って訪ねると改築補強工事の最中で、駆けずり回った廊下や教室は、さまざまな手を加え施されようとしている。過去の記憶に目の前のブレードランナー的な光景が重なり歪曲し干渉し、そしてその一部は幻想交響曲のような共鳴をし始める。

青々と空高く育つ椎の木だけは誰にも邪魔されずにすくすくと枝を伸ばしており、わけもなく感銘した。

そして北の丸の美術館。そこには『フランシス・ベーコン展』がかかっており、それは今日のひとつの目的で、画家の敏感で繊細なる視点に、外界に肌を晒すわれわれ一人ひとりの孤独の叫びを聞く。

そんな彼の絵とは対照的な、あまりにも清々しい皇居を眺めてから、ふたたびもうひとつの学び舎に立ち寄る。学校の行きかえりに食べたカレー屋「ファミリー」の前に佇んで、時代の変遷を知る(いまはもう廃業している)。

締めくくりは、牛込神楽坂の銭湯『第三・玉の湯』。とても気さくな老夫婦が経営するそのお湯は、地下水汲み上げだそうで、江戸東京散策の疲れを心地よく癒すのだった。

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by k_hankichi | 2013-05-25 20:32 | 街角・風物 | Trackback | Comments(5)

原節子の最大の美点‐表情の気品‐を見いだした監督

「長い間いろいろな監督の間で揉まれ、そして大根々々と散々敲かれながら、猿がドングリを拾うような誰にだって出来る下手糞な演技の真似事をしなかったところに原節子の偉さがある。大根と誰がいったかは知らんが、実に無礼だ。あの人は喜怒哀楽の表情以外のものを持っている。これ迄、表情を動かす勉強を余りしなかったのがいい。」
(小津安二郎、『映画ファン』1952年10月号)

『原節子 わたしを語る』(貴田庄、朝日文庫)から。

原節子が雑誌の取材などで発言したことばを元に、彼女の考え方などひもといてみる、という趣向の本だったが、小津の言葉のほうに感心してしまった。

原節子 わたしを語る (朝日文庫)

貴田 庄 / 朝日新聞出版

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by k_hankichi | 2013-05-24 06:50 | | Trackback | Comments(2)

武満徹を演奏するカナダ人たち

吉田秀和のドキュメンタリー番組を観ていたら、二十世紀音楽研究所を設立したことや、それらを通じて、武満徹が『環(Ring)』という曲を作曲したことが紹介されていた。それは、お能のような雰囲気の響きの曲で、なんとも陶然とした気持ちになった。

これは癒しだ。たまらなくなって、彼の室内楽曲集を買い求めた。カナダのロバート・エイトケン(フルート兼、芸術監督)が主宰するニュー・ミュージック・コンサーツ・アンサンブルによる演奏で、武満的かつ東洋的なる響きが実に上手く表現されたものだった。

フルートが美しい。「そして、それが風であることを知った」や「巡り」「エア」「雨の呪文」が好きだ。

自分の呼吸のなかにその息吹きか入り込んでくるようで、そういった、自分の身体が支配されゆくような感覚がなんとも言えない。

しかしなぜカナダ人たちが演奏しているの?これは不思議だったが、ライナーノーツを読んで理由がわかった。

武満の音楽は、小澤征爾がトロント交響楽団の指揮者を務めていたころに、小澤が演目にたくさん取り上げた。そういうこともあり、1975年と1983年には、この音盤のロバート・エイトケンに招かれてカナダに渡り、幾つかの作曲をしたり、演奏を指導したり初演をしたりしている。

これら一連の活動は高く評価され、1996年には、武満はグレン・グールド賞を受けている(そして彼はこの年に亡くなった)。

「音楽は、音か沈黙か、そのどちらかである。私は生きるかぎりにおいて、沈黙に抗議するものとしての《音》を択ぶだろう。それは強い一つの音でなければならない」。(武満徹、1962年)

「音楽の形式は水の諸相を思い起こさせる。音楽の変化は潮の満ち引きのように徐々に起こらなければならないと思う」。(武満徹、1980年)

含蓄のある言葉だ。

■曲目
・『そして、それが風であることを知った』(フルート、ヴィオラとハープのための)…1992年、オーレル・ニコレからの委嘱による。題名はエミリー・ディキンソンの詩から。
・『雨の樹』(3人の打楽器奏者のための)…1981年。
・『海へ』(アルト・フルートとギターのための、1]夜、2]白鯨、3]鱈岬)…1981年。
・『ブライス』(フルート、2台のハープ、マリンバと打楽器のための)…1976年。ニュー・ミュージック・コンサーツからの委嘱。
・『巡り‐イサム・ノグチの追憶に』(フルート独奏のための)…1989年。イサム・ノグチに捧ぐ。
・『ヴォイス』(フルート独奏のための)…1971年瀧口修造の詩に触発されたもの。
・『エア』(フルート独奏のための)…1995年。遺作。オーレル・ニコレに捧ぐ。
・『雨の呪文』(フルート、クラリネット、ハープ、ピアノとヴァイブラフォンのための)…1983年、サウンド・スペース・アークのために。
■収録:2001年6~8月、トロント芸術センター、カナダ
■音盤:NAXOS 8.555859J

武満徹:そして、それが風であることを知った/雨の樹/海へ 他

ロバート・エイトケン / Naxos

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by k_hankichi | 2013-05-23 12:44 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)


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