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少しずつ暖かくなってきた気配。手袋無しの手先を空気が切るような感じもない。

西脇の詩集を通勤鞄に入れていて、ときおりめくっているが、こんなころあいの心にしっくりする詩を見つけて、ふうーっと深く息をむいた。

「雲のふるさと」
むさしのは
一日中垣ねのむこうに
もやがはつている
すべてはぼやけて見えない
人間も
野ばらの実にぼけて
区別が出来ない
時々人間のせつない歌や
酒をのむ音がする
みえない石に
頭をたれてきく
雲のふるさとの
水仙を売りにくる
女の音が
する

「宝石の眠り」
永遠の
果てしない野に
夢みる
睡蓮よ
現在に
めざめるな
宝石の限りない
眠りのように

(西脇順三郎、詩集『宝石の眠り』より)


西脇順三郎詩集 (青春の詩集 日本篇 15)

西脇 順三郎 / 白凰社

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by k_hankichi | 2013-02-28 07:55 | | Trackback | Comments(2)
ジェラール・スゼーというバリトン歌手の声が好きだ。そして、彼が歌うフォーレの歌曲集は、雨の朝に聴いていると、雨が雨でなくなり愛になり花になり吐息になる。

朗々と張り上げるのではない。すこしくぐもった哀愁がある。この世界を美しく歌い上げ過ぎようとはしない。

華美という言葉を寄せ付けぬ気品と抑制。

怠慢を許さない静かなる緊張。

エリー・アメリンクと入れ替わり立ちかわり歌い上げてゆくこの歌曲全集は、だからフォーレが描こうとしたエスプリの世界が詰まっている。

静かに輝く。控えめに、しかし、しっかりと、世の常を見通す。

今の世の中にある欺瞞や狡猾、妬みや虚飾とは無縁だ。

雨の朝、午前八時。

真実にのみ染まることの意志を、たおやかに、しっかりと温めるたいせつな時間だ。

フォーレ歌曲全集I

アーメリング(エリー) / EMIミュージック・ジャパン

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フォーレ歌曲全集II

アーメリング(エリー) / EMIミュージック・ジャパン

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フォーレ歌曲全集III

アーメリング(エリー) / EMIミュージック・ジャパン

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フォーレ歌曲全集IV

アーメリング(エリー) / EMIミュージック・ジャパン

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フォーレ歌曲全集V

アーメリング(エリー) / EMIミュージック・ジャパン

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by k_hankichi | 2013-02-27 07:45 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
『東京シネマ酒場』(高橋渡、祥伝社)を読んでいたら、銀座のバー『ロックフィッシュ』が出てきた。

“店主の間口一就氏は著書「バーの主人がこっそり教える味なつまみ」で店内で供しているハイボールのレシピを公開しているが、同じ物が出来ようはずもないことをみんなが知っているから、誰も家で作らないで銀座まで足を運ぶ。ロックフィッシュのハイボールは手品みたいなもので、使う素材が明かされたからといって技を習得していない以上、再現はできないのだということを心地良く納得させてくれる。”

友人に連れられて訪れて以来、何度足を運んでも、まさにこういう感慨をもつ。言えて妙だ。

大竹聡、吉田類とならぶ、酒通とみた。

それにつけても、ロックフィッシュのハイボール、嗚呼、また呑みたい。

東京シネマ酒場 あの名作と出逢える店を酔い歩く

高橋渡 / 祥伝社

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by k_hankichi | 2013-02-26 07:36 | | Trackback | Comments(0)
『「上から目線」の構造』(榎本博明、日経プレミアシリーズ)を読んで、最近の人とのやりとりのなかで、何度か生じた疑問が解けた。

「そういうふうに上から言うの、やめてもらえますか」
「なんであんなふうにいつも上から目線なんだろうな」

相手の言葉に過剰に反応する場合は、そこに劣等コンプレックスが絡んでいるという。

また、結局のところ、相手の視線にさらされる時間や場、経験が少ないところから、会話やコミュニケーションの勘所がつかめずに、親切や励ましの気持ちを理解できず、おせっかいを受けていると勘違いしてしまう。

意味が深いなあ。

「上から目線」の構造 (日経プレミアシリーズ)

榎本 博明 / 日本経済新聞出版社

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by k_hankichi | 2013-02-25 08:25 | | Trackback | Comments(2)
これはもしかしたら・・・という直感が働くことがある。昨日、行きつけの御茶ノ水の中古CDショップで買い求めたのがフォーレのレクイエムで、その響きは、どこまでもどこまでも素朴で、そして透明なる純粋さだった。

合唱団はアクサントゥス。指揮者のローランス・エキルベイによって1991年に設立された32名の歌手からなるグループだ。管弦楽は、1901年版の大オーケストラを率いてのものではなく、1893年版という作品が初演された頃の構成らしい。ライナーノーツによれば、合唱、ソリストのほかは、フレンチホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、ハープ、数台のヴィオラとチェロ、コントラバス1から2、オルガン、サンクトゥスでのソロヴァイオリン程度の構成。だから、教会のなかでの室内楽のように聞こえるのだ。

演奏されている場所は、セザール・フランクが初代オルガニストを務めた、パリのサント・クロチルド教会。これも唸らせる。

日差しも柔らかな、暖かなる午後。なんともとろけるようなときをこの音楽で過ごした。

■演目:フォーレ レクイエム Op.48(1893年版)、ラシーヌの讃歌 Op.11
■演奏:ローランス・エキルベイ(指揮)、アクサントゥス、サンドリーヌ・ピオー(ソプラノ)、ステファン・デグー(バリトン)、管弦楽:フランス国立管弦楽団のメンバー
■収録:2008/1月、サント・クロチルド聖堂、パリ
■音盤:仏Naive V5137

Faure: Requiem

Accentus / Naive

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by k_hankichi | 2013-02-24 19:38 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)
その友人と飲むと必ずや寝過ごすことになる。理由はわからない。しかしついいま先ほども寝過ごした。

いまどこなのあなた?

秦野である。タバコの産地である。

何故?

寝過ごさないように、ロマンスカーまで手配して、万全を期したのに。

精神の緩和?
緊張というものが解きほぐされた?
たゆたう境地?

一度は降りるべき駅にて降りられたのに、両手には何も持っていなかった、僕。
永久にたどり着くことができない気持ちになっているボルヘスのような我いまあり。

気づいたら、片手に、新品の「エコー」を握りしめていた。

自分では煙草は吸わない。

買った覚えはもちろん、ない。

起きたら秦野。秦野はタバコ。タバコはエコー。謎はさらに謎を呼ぶ。

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by k_hankichi | 2013-02-23 22:46 | 夢物語 | Trackback | Comments(4)
ちょうど昨日の朝に思っていたことにどこか絡んでいるようなショートフィルムに出会った。知人が教えてくれたディレクターによるものだ。

彼の名はMarko Slavnic。その世界は拡い。ココ→http://markoslavnic.com/。ボスニア・ヘルゼゴビナのサラエボに1983年生まれアメリカに育った彼の作品は、そのどれを観ても、胸の奥が「じん」と鳴る感じがする。

'Seconds'→http://vimeo.com/13610434#
シンプルな題材なのに、一秒一秒というものの大切さに気づかされる。秀作だ。

'Table 7'→http://vimeo.com/19237917#
そうなのだ、そういうことなのだ、大切にすべき自分の想いは、ということに気づく。

'Chiken vs Penguin'→http://vimeo.com/13779056#at=0
憎いと思ったら憎い、でもその中身を知って、好きになったら好き。

'Grey'→http://vimeo.com/20411625#
黒と白のはざま、だから、グレイということなのか、と、最後の最後に分かる。Cool!

ショートフィルムに凝集された魂は、感銘してうーんと唸らせる短編小説のようで、しばらくこの世界に浸っていたいと真に思う。





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by k_hankichi | 2013-02-23 00:56 | 映画 | Trackback | Comments(0)
紅茶に浸したマドレーヌ菓子を口にした瞬間に、幼少の頃の出来事を思い出すという話には、誰しも似たような事象を思いあたるだろう。

ふとした瞬間に、ずいぶん昔のことが思い出される場合は、辛かったことや苦々しいことではなく、「夢」のようなシーンについてであることが多い。

そしてなんとも甘く切ない気持ちになる。しばらくうっとりとした気持ちで時間の経つことを忘れている。

それが空だったとするならば、歩道橋から見渡した夜の代々木の空の果てしない黒だったり、森のなかを犬を連れて散歩しているときの枯れ葉を踏みしめる感触と木漏れ日の青のさみしさだったりもする。

それが自分の鼓動である場合には、南の漁港の近くにある山を登る息切れであったり、砂浜にある倒木に腰掛けながらそのさきに広く拡がる海を眺めてのことだったりもする。

酒の場合には、坂の街の横丁にある飲み屋の赤い椅子の鮮やかな色であったり、ヴェルベデールという名のウォッカの味だったりもする。

それが家の入り口である場合もあり、玄関に着いたときに迎えに出てきた男の慌た顔だったり、高い塀(へい)の家の門扉を見上げた自分の視線だったりもする。

どのような事柄も、いまとなっては、届くことのない場所や時間や世界であることを知りながら、それらがあって今の自分があることを、しっかりと知っている。
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by k_hankichi | 2013-02-22 08:15 | 一般 | Trackback | Comments(2)

テレビ世代の行動様式

地元ケーブルテレビのお店紹介系番組『二郎とカオルのあつぎ商店いらっしゃ~い!』(轟二郎が出る)と、お笑い芸人のイワイガワ(二人組)による『神奈中バスで移動中!』を欠かさず観ている。というか、一か月のなか同じ内容で、毎日何回か放映されているから何回も観ている。

それに加えて、『ぶらり途中下車の旅』や『酒場放浪記』、『おんな酒場放浪記』もあるから、お店訪問系にはこと欠かない。

観たあとはどうしてもその店に行きたくなり、つまらないものでも、買ってみてしまう。

テレビにより感化され易い、情動的なる人間であるが、そうして踊らされていると、自分たちの行動が自然と誘導され形に嵌められていることに気付く。

しかし江戸時代のお伊勢参りから始まって、人々が噂する場にあちらこちら行ってしまうのが、人間の常だから、無批判的なる僕の行動様式は、そんな末裔のひとつだと思えば仕方がない。
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by k_hankichi | 2013-02-21 07:41 | テレビ番組 | Trackback | Comments(0)
今年のNHKの大河ドラマは綾瀬はるかを始めとして、爽やかな俳優たちが出ているから、欠かさず観ている。『八重の桜』。

しかし会津藩や白虎隊の戦いの巧拙が、どのようなものだったのかであるとか、八重の気概が何だったのかは、とんと知らなかった。

『八重と会津落城』(星亮一、PHP新書)は、そういったことを易しく紐といてくれた本だった。

武士道として筋が通った会津藩の教えを忠実に守り、凛として逞しく育った山本八重。

京都守護職の命を受けた会津藩が、どれだけ皇族に尽くしたか。尽くし過ぎて、藩の財政が赤字に転落するほどになっても、窮乏をしのぎ続けた。

そんななか、薩長の倒幕の動きに反対し、宮家を守る立場との狭間で苦悩する。

時代の流れを読み切れず、軍備や兵法といった技術や仕事のしくみの潮流にも乗れず、しかし、ひたすらに自分たちの信念を貫こうとする。

守ることと変革すること。いずれをどのように貫くか。現代に生きる我々にも教訓になるところが多かった。

テレビドラマのほうも、ますます見逃せないなあ。

八重と会津落城 (PHP新書)

星 亮一 / PHP研究所

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by k_hankichi | 2013-02-20 07:45 | | Trackback | Comments(0)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち