音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

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倉橋由美子の小説は怖い。しかしこの本は違った。『完本 酔郷譚』(河出文庫)。

酒酔いの短編集だ。そしてその文体には、確実に我が敬愛の師、吉田健一の片鱗が香る。

冒頭の「花の雪散る里」で、まずはいきなりノックアウトされた。こんなに洒脱でしかも無駄のない水のように美しい小説があるのか。しかも飲んでいるのは水ではなく酒である。

「果実の中の饗宴」は、ポール・ゴーギャンの世界とのあいだを行き来する。現世に戻ったあとも、“しかし本当は、二人とも、皮膚の下に隠されているのはあの溶けていく果実のような内臓ではないか”とする。最後は二次元のダンスだ。

「雪女恋慕行」は、慧くんが慕う女が、山里深く降る雪のなかに出てきて、彼女とさまざまなことをしてしまう記。

「緑陰酔生夢」は、好きな女と飲み食い暮らしているうちに、数百年が過ぎてしまうはなし。夢から覚めたら相手が去ってしまっていた寂しさ。なんとも儚い。

まだまだこんな話が続く。桃酔境、とはこのことだ。

完本 酔郷譚 (河出文庫)

倉橋 由美子 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2012-06-30 15:04 | | Trackback | Comments(2)
事実は小説より奇なり。という言葉があるが、それは逆のことを言っているのか、それともまだその先のことがあるのか、分からなくなっとしまう。

『犯罪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ、東京創元社刊)は、そんな小説だった。ドイツの作家で2009年のデビュー作だという。

弁護士でもある彼が綴るストーリーの数々は、寓話のような、逸話のような、実に含蓄のあるものばかり。

おもて社会と裏社会、善悪、愛と憎悪、希望と諦め、そういう間にある谷間や見えない境界が何なのかが、おぼろげに浮かび上がってくる。

犯罪

フェルディナント・フォン・シーラッハ / 東京創元社

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by k_hankichi | 2012-06-29 06:29 | | Trackback | Comments(2)
書店でときおりこの1,2巻を見やりながら、まだかまだかと待ち望んでいた続編が、ようやっと出た。『ビブリア古書堂の事件手帳 3 栞子さんと消えない絆』(三上延、メディアワークス文庫)。

今回も栞子さんは、さまざなな事件を解決してゆく。そのようななか彼女の母親、智恵子さんが現実に生きていることが、おぼろげながらわかってくる。そして、その母に対して、いまの書店やそれを巡る人々の様相を伝えている人がだれであるかも分かってくる。

そんななか、五浦さんと彼女の愛は、なかなか次のステップに進まない。もどかしい。しかしそれでよい、と思う。だって、このふたりの恋愛ほど、躊躇いと恥じらいと美しさを持ったものはないのだから。もはや、貴重な記念物的なるまでの純粋さなのだから。

圧巻は、やはり宮沢賢治の『花と修羅』にまつわるドラマだ。あまりの造詣の深さに、もう、舌を何重にも巻いてしまう。

ビブリア古書堂、こんな古書店に、いつか、行ってみたいなあ。

ビブリア古書堂の事件手帖3 ~栞子さんと消えない絆~ (メディアワークス文庫)

三上延 / アスキー・メディアワークス

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by k_hankichi | 2012-06-28 00:17 | | Trackback | Comments(2)
今朝はうって変わってヒラリー・ハーンによるシベリウスとシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲。エサ・ペッカ・サロネンとスゥエーデン放送響による。

ムターのシベリウスと異なり、しゃきっしゃきっ、と律していくような演奏。胡瓜を包丁で快活かつ厳しく捌く感じか。

しかしこれはまだ何かが足りない。いまだ聴いたことがない庄司紗矢香によるこの曲の演奏を、どこまでも憧れながら、都心への電車は疾走する。

シベリウス&シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲

ハーン(ヒラリー) / ユニバーサル ミュージック クラシック

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by k_hankichi | 2012-06-27 06:40 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
何の気なしに買い求めた『パトリシア・コパチンスカヤ/ラプソディア』は、はちゃめちゃに楽しいCDだった。

出だしは、民謡『ひばり』。ヴァイオリンでこんなにまで、鳥や自然の振る舞いまで表現できるんか。

エネスコの『フィドル弾き』や、あるいは民謡を聴いていると、あさの通勤電車は東欧の丘陵を走っているようであり、その向こうには畑や森が延々と広がっている。となりでむっつりして新聞を読んでいるおっさんに、思わず笑いかけたくなるん。

そしてエネスコのヴァイオリンソナタ第三番。この曲、もっと早く知ってたかった。「あ~らよっと」、「よいとまけぃ」、「おーれヨレ」「ティャー」(注:仮面舞踏会ではない)、と口歌が出てきちまう。

ヴァイオリンからは、文字どおり歌声やら掛け声が出てくるん。

ツィンバロン・ソロの民謡演奏も凄い。こん人は何でも弾けるんか。通勤電車のなかで、さあみな、手に手を取って踊ろう。

ヒョーロホロホロ、ティーヤティヤ~ァ。

ラプソディア

パトリシア・コパチンスカヤ / エイベックス・エンタテインメント

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by k_hankichi | 2012-06-26 07:26 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
“美の本質は、恋愛にある。”と始まる美術解説書だ。『恋愛美術館』(西岡文彦、朝日出版社)。

『怖い絵』シリーズと対照的なシリーズになりそうだ(続編が出るとはまだアナウンスされていないが)。

芸術家の恋愛ごとを、絵画とは別の軌跡だと考えていたが、それは違うのだということが分かった。生身の人間は、相手の美しさに感銘し、思わず筆をとってゆく。

ところで、絵の解説は良いのだが、忘れているかのように何度も何度も同じようなことの描写が出てくるのは、如何なものなのかな。健忘症?

編集者の目をかいくぐって出版されたかのような本の建てつけには、久々に驚いた。愛の力は奥の手奥の手、ということか。

恋愛美術館

西岡 文彦 / 朝日出版社

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by k_hankichi | 2012-06-25 07:50 | | Trackback | Comments(0)
今日は朝から憂鬱な気持ちでいた。その理由は自分では分かっているものの、如何とも克服しがたい状態で、それはなんどもなんども僕を襲いかかった。

それを紛らわすことはできず、昼になると、「こう暑くてはいかんねえ」、と言い訳しながらスペインの発泡ワイン(Cava)を開け、おつまみを摘んで酔い紛らわしていた。やがて仕組んだかのように頭痛までしてきたので、鎮痛剤を飲んで午睡。

夜になった。

友人のブログを見ると吉田秀和さんのエッセイのことが記されている。ああ…と思い出し、『レコード芸術』の今月号の「之を楽しむ者に如かず」の遺稿を繰った。

なんと迸るように流れいずる言魂なのだろうか。そしてその明晰さよ。高き空から見極めたかのような洞察に言葉を失った。

そしてその追悼特集記事は、次の言葉で結ばれていた。

“(では、改めて、こう問いただしてみよう。)なぜ死への憧れを歌う音楽がかくも美しくありうるのか?美しくなければならないのか?なぜならば、これが音楽だからである。死を目前にしても、音楽を創る人たちとは、死に至るまで、物狂わしいまでに美に憑かれた存在なのである。彼らは生き、働き、そうして死んだ。そのあとに「美」が残った。”
(『永遠の故郷 夜』 <四つの最後の歌>より)


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by k_hankichi | 2012-06-24 22:42 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
映画『キリマンジャロの雪』では、同名のシャンソンが途中から流れ始める。

パスカル・ダネルによるこの歌詞と旋律を聴いていると、こころ寂しくとも、相手を想うこころさえあれば、暖かな豊かなこころで居られる。そういうことが分かる。

「キリマンジャロの雪」
歌詞:http://blog.livedoor.jp/toilepoete/archives/30871487.htmlから

彼、彼はもうさほど遠くへは行かないだろう
もうすぐ陽が落ち夜がやってくる
彼、かれは遠くに雪のキリマンジャロを見ている
見つめている

雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
そして君はそこで眠るのだ
雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
君は安らかに眠る、眠る、深く眠る

彼は錯乱の中で
昔愛していた娘の姿を見る
二人は手に手をとってここを立ち去っていく
彼は笑っていた娘を、目の前に再び見出す

雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
そして君はそこで眠るのだ
雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
君は安らかに眠る、眠る、深く眠る

彼が今考えているのはこのことだ
彼はまもなく死ぬ
キリマンジャロの雪が
今までこんなに真っ白だったことはない

雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
そして君はそこで眠るのだ
雪は君に白いマントを掛けてくれるだろう
君は安らかに眠る、眠る、まもなく深い眠りにつく


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by k_hankichi | 2012-06-24 15:49 | ポップス | Trackback | Comments(0)
下北沢の書店『フィクショネス』で著者から買い求めたもので、本日読了。『花のようする』(藤谷治、ポプラ社)。これは、同社の雑誌asta*に2011.3月から2012.3月まで連載されたものに加筆、修正されたものだ。

30代後半の女優の野滝繭美と、時代の寵児としてもてはやされるデイトレーダーの桜田眷作。ふとしたきっかけで出会った二人が、本当に真摯に向き合い、愛する気持ちをはぐくむまでの日々の移ろい。

最後のシーンは咲き乱れる様々な種類の薔薇の数々に、二人は囲まれていく。

じわじわと、静かに、愛の力の素晴らしさ、愛するということの素晴らしさを味わえる。書かれてはいないものの、震災による荒廃した世の中をどのように生きていきたいのか、そういうことも伝わってくる。藤谷さんの秀作の一つになるだろう。

花のようする (一般書)

藤谷治 / ポプラ社

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by k_hankichi | 2012-06-23 19:28 | | Trackback | Comments(6)
朝から久々に岩波ホールに足を運ぶ。『キリマンジャロの雪』(監督:ロベール・ゲディギャン、主演:アリアンヌ・アスカリッド、ジャン=ピエール・ダルサン)。

50代後半の夫ミシェルは、マルセイユの港湾労働者として、労働組合委員長の立場ながら退職することとなる。妻、マリー=クレールはそれを静かに受け入れる。組合の久しぶりの集いのなか、二人は結婚30年を祝福されるハプニングに、心満ちる。しかし、そんな彼らを襲う不幸。

ミシェルとマリー=クレールは、それぞれが、自ら思うやりかたで、それに対してゆく。最後のシーンはとても心安らかになり、僕らは生きているということは、こういうことなのだ、ということをしみじみと思うのだ。

中盤から、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』がBGMとして力強く流れるこの映画に、久しぶりに心をあらわれた。

主演女優のアリアンヌ・アスカリッドも、監督である夫のロベール・ゲディギャンも、まさにこの映画の舞台の町の生まれだということ。同じ組み合わせで制作された映画『マルセイユの恋』(1996年)では、彼女はセザール賞を受賞しているそうで、南仏の太陽さながらのまばゆいまでの情熱を感じた昼だった。


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by k_hankichi | 2012-06-23 18:53 | 映画 | Trackback | Comments(2)