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今日は痛む箇所を診てもらいに病院にいる。二つの診療科にかかっているので、朝から午後までかかる。

それぞれの科で、どういう理由でもう一つ受診しているかや状況を説明せねばならず、少し鬱陶しい。しかし単なる一患者だから、神妙にして従い、丁寧に答える。

そんななかの待合室は、人の多種多様を見ることができ、興味深い。こんなに皆異なるのか、こんなに違う振る舞い方があるのか、と驚く。

今日は、窓口で渡された問診票の記入用のペンが赤エンピツであることから、憤懣して、黒ボールペンを出すべきと改善を求める年輩の男の人がいた。僕が記入したあとだった。

僕は、ふつうとは違うなあと感じたものの、まあそういうものかと、そのまま記入していたから、その男の剣幕には驚き、あれ、そこまで言うべきだったのかと首をひねった。

その人にとっては赤エンピツは、ダメ出しとか修正、マイナスの要因が強くあるのかもしれない。しかし違和感を感じるごとにクレームしていたら血圧が上がるだけにも思う。

待合室の椅子にきちんと座ってきちっと背筋を伸ばして小説を読みすすめる老人もいた。この人はなにか端正である。きっと神風特攻隊の生き残りに違いない。

なにもせずにただ座りながら正面の壁を見続ける老婆。これは永遠と対峙しているようだ。

「アノ、イタミマス、ココノ、ナントイウノカ、ワカラナイガケドモ、ココガイタミマス」と格好よいブラジル系の若い男が看護婦さんに言うことが自然に耳に入ってきて、それは公衆の面前ではばかる内容で、聞いているほうが恥ずかしくなってしまった。

病院の待合はなにか、普段と違う世界に触れられる不思議な空間と時間だ。
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by k_hankichi | 2011-09-30 11:52 | 一般 | Trackback | Comments(2)

くたぶれモード

もう10月の声を聞くころなのに、いろいろな仕事が五月雨のように押し寄せてきて、途方に暮れる。

ただばっさばっさと対するだけだが、仮面ライダーの敵たち(黒タイツを着た弱い輩たち、なんと言ったっけ、ヒィ~、ヒィ~と叫ぶ)のように、処しつも処しても、無尽蔵に挑んでくる。

これが世の中かと思いながら、夢にも出てきそうで、怖くなって頭を左右に激しく振って、南無三南無三とつぶやいた。
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by k_hankichi | 2011-09-29 22:49 | 一般 | Trackback | Comments(2)
向田邦子さんが亡くなられてから30年が経つという。そして彼女を偲ぶ『向田邦子ふたたび』(文藝春秋編、文春文庫)が新装刊行された。

これまでそれほど著作を読んでいないのだけれども、さまざまな知人、作家、映画評論家らが書いた思い出の、そのそれぞれのなかに、心から慕う気持ちが溢れていることを知る。

このオマージュは半端ではない愛に包まれている。秘蔵写真なるものも100点以上組み込まれていて、それがまたそれぞれのエッセイにとてもよくマッチしている。まさに『思い出トランプ』のよう。

この、渾身の愛のレクイエムを読んだら、生身の向田さんに会ってお話をさせてもらいたくなるなった。なんだか胸の内が熱くなる
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by k_hankichi | 2011-09-28 07:57 | | Trackback | Comments(2)

僕の月9

月9といえはドラマの代名詞だけれども、僕の月9はいまや『酒場放浪記』(BS-TBS)だ。

過去の放映の再放送なのだが、一応季節に合わせた内容がセレクトされている。

昨日は、川崎、鹿児島、泉岳寺、五反田といった場所。あらかじめアポをとっているのだろうが、てらいのない店の応対と吉田類さんの、その店々に合わせた物言いがよい。

身体がおもわしくなく、酒を飲んでいないいまだけれど、環境映像のように観ているだけでも、なにか気がやすまる。気を楽に、その場その場で処すれば良いのだ。

さすらい人、流れ者、浮き世人はだからわかっている。

「うまいものは旨い」
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by k_hankichi | 2011-09-27 07:39 | テレビ番組 | Trackback | Comments(2)
アコーディオンによるゴルトベルク変奏曲の素晴らしい演奏があると知り、矢も盾もたまらず注文して、それが届いた。

こ、これは、この妙なる響きはなんやねん。という感じから始まって、夕方から夜にかけて、もう5~6回は聴いている。オルガンではないけれど、ピアノでもない、しかし、音と音の間を漂うような、中間色の音程が入ることによる、得も言われぬ、これまで聴いたことのない音の広がりと聴感や(そしてそれは、とてもとても心地よい)。

この残響と余韻は、風琴から出てくるやから原理的にはパイプオルガンのそれと同じであって、中音から重低音はまさにそれに匹敵する響きだ。しかしこの闊達なる鍵盤の動きはピアノであり、グールドがバックで歌っているような雰囲気があるっちゅうのは、それまた幻想なんやろか。

この手に提げて持ち運べる楽器から、こんな音楽が生まれるなんぞ、バッハの世界がこんなにも広く表現できるなんぞ、思わんかった。

第4変奏、これを聴いていると、人が小鳥のさえずりに合わせて歌っているように感じる。
第5変奏は、なにか民族舞踊のようで、輪になって踊る少女たちが目に浮かぶ。第7変奏は、こんどは違うお国の舞踏だね。
第12変奏、おおようやっとパイプオルガンの登場だ。しかし一転して第14変奏でコロラトゥーラの歌声す。
次々と変奏される旋律とリズム、音色の響きの絢爛さと多色さには驚くばかりだ。
そして・・・第29変奏、30変奏、ああ、いま31変奏までくると、この至福の音魂は天高く舞いあがる。高く、高く。コラール。
終曲で、静かなる妙なる安堵がそこに羽を止める。羽をとめて心のなかに沁みとおる。

ミカ・ヴァユリネン(Mika Väyrynen)は1967年にフィンランド、ヘルシンキ生まれの44歳の弾き手らしい。これは聴き逃してはならぬ音楽家や。彼のホームページhttp://accordions.com/mika/index.htmを見ると、楽曲の一部は以下のアドレスからダウンロードできるようになっている。これもすごいやないか。(なぜか、このアコーディオンを聴いていると、言葉が似非関西弁になってしまうのは、なんでやねん。)

ココ→http://accordions.com/mika/recordings.htm

■演奏:ミカ・ヴァユリネン(アコーディオン)、楽器:ジュピター(ジュピター・バヤン社製、モスクワ、ロシア)
■録音:2003.8.18-19, 25-26, 聖ピータース教会、Siuntio(フィンランド)
■音盤:ALBA(フィンランド) ABCD191

Bach: Goldberg Variations

Mika Vayrynen / Alba

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by k_hankichi | 2011-09-26 00:55 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)
ベッドに横になりながら、堀江敏幸の短編集『未見坂』(新潮文庫)をすこし朦朧とした気分のなか読了。

このひとの小説は、いつも過去の貴重な記憶の切れ端、うつくしいと思った瞬間をさいごに言い表したいがために、それにまつわるいろいろな気持ちやら風景が描写されていくような感じだ。

『なつめ球』の最後はたとえばこうだ。

“大きく息を吸うと、唇の端がまたぴきんと切れて血がにじみだした。鏡に映したらきっと白く毛羽立っているだろう舌でそれを嘗めてみると、鈍く、重く、ちょっと石油くさい金属の味がする。どここかで一度、体験したことのある味だが、少年にはそれがいつまでたっても思い出せなかった。”

ああ、子供の頃、寒い冬の朝、唇のはじっこが良く切れたっけ。その味と同じなのだろうなと思う。そして僕は、いきなり、そんなたびにいつも母から「みかんをたくさん食べなさい、ちゃんと食べないからそうなるのよ、みかんを」といわれていたことを思い出した。

そんななか、表題作になっている『未見坂』を読んでいたら、思い出の中のつぎのようなことが描写されていた。

“・・・彦さんが、左の腰に手をあてて、うずくまるように倒れていた。真っ青で、同時に真っ赤な顔をゆがめて。・・・あまり苦しそうなので高いところから落ちて腰でも打ったのかときいてみたのだが、彦さんは唸るばかりで返事もできない。大丈夫? 大丈夫? としゃがみ込んで叫ぶように尋ねると、彦さんは横たわって身体を折ったまま腕をのばし、わたしの顔を見ないで右の肱をぐいとつかんだ。”

ああ、これは昨日の朝の僕と同じだ。腎結石が尿管に落ちてきたのだ。そのあと救急外来で病院に連れて行かれて、薬を注射されたり入れ込まれたりで、なんとか息を吹き返し、しかし痛みは波が寄せるように時おりぶり返し、跳躍してもわき腹をとんとんと叩いてみてもなにも好転しない。しかし、ふっと痛みが和らぐ瞬間があってそこから凪に入っていく。

小説を読んでいて、そのなかのシーンが自分の今にそのまま投射されることが時おりあるが、心情ではなくて身体の病いにまつわるものは初めてだったから、なんだか狐につままれたような気持ちがした。

未見坂 (新潮文庫)

堀江 敏幸 / 新潮社

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by k_hankichi | 2011-09-25 09:51 | | Trackback | Comments(5)
若手指揮者の登竜門である第52回ブザンソン国際指揮者コンクールで、昨日、垣内悠希さんが優勝したという。やはり喜ばしい。芸大を卒業したあと、ウイーン国立音楽大学と大学院で指揮を学び、欧州でオケを振っているとのことで、挑戦しつづけるこういう人のことを心から応援したい。

コンクールの本選出演者のリスト(以下)をみると、20名中6名が日本。フランスと韓国からはそれぞれ4名。日本人の世界に挑むこの姿勢をみていると、ちからが沸く。

震災からの復興、原発事故の後始末、経済競争力鈍化への対応など、我々にはいろいろ難題が降りかかっているが、世界に自分らの存在をアピールし、なげうっていく心を忘れずに進みたい。

<本選出場者リスト>
- Luc Bonnaillie (France)
- Emmanuel Calef (France)
- Young-Sun Choi (South Korea)
- Paul Fitzsimon (Australia)
- Yi Huang (China)
- Sho Itoh (Japan)
- Joongbae Jee (South Korea)
- Yuki Kakiuchi (Japan)
- Stamatia Karampini (Greece)
- Tam Gu Lee (South Korea)
- Gergely Madaras (Hungary)
- Hideaki Matsumura (Japan)
- Heejung Park (South Korea)
- Jamie Alexander Phillips (England)
- Vincent Renaud (France)
- Mathieu Romano (France)
- Tomohiro Seyama (Japan)
- Yu Sugimoto (Japan)
- Yuki Tanaka (Japan)
- Chuang Tung-Chieh (Taiwan)

末尾に審査員のことも転記しておく。
Jury of the 52nd Competition:
- Sir Andrew Davis (président), music director of the Lyric opera of Chicago
- Michael Jarrell, composer
- Anne Midgette, classical music critic -The Washington Post
- David Pickard, General Director of the Glyndebourne Festival
- Michel Tabachnik, music director of the Brussels philharmonic
- Fabrizio Ventura, music director of the Münster Opera and symphony orchestra
- Paul Watkins, music director of the English chamber Orchestra

ワシントンポスト紙の音楽批評家が入っているなんて、なんだか面白い。

さらに蛇足だが、優勝者に与えられる指揮の機会のリストは以下だ。こんなに振ることができるとは。これは本当に素晴らしい副賞だ。
- London Philharmonic Orchestra (UK)
- Japan philharmonic orchestra (Japan)
- Dresdner Philharmonie (Germany)
- Brussels philharmonic (Belgium)
- Prague Symphony Orchestra (Czech Republic)
- Orchestre national d'Ile de France (France)
- Adelaide Symphony Orchestra (Australia)
- Orchestra of Opera North (UK)
- Sinfonieorchester Münster (Germany)
- Orchestre national de Bordeaux Aquitaine dans le cadre des Estivales de Musique au Coeur du Médoc (France)
- Wiener KammerOrchester (Austria)
- Orchestre de Besançon-Montbéliard Franche-Comté (France)
- Ontario Philharmonic (Canada)
- Hong Kong Sinfonietta (China)
- Orchestre de Dijon Bourgogne (France)
- Israel Sinfonietta Beer-Sheva (Israel)
- Orchestra Filarmonica di Torino (Italia)
- St. Petersburg Academic Symphony Orchestra (Russia)
- Slovak Philharmonic orchestra (Slovakia)
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by k_hankichi | 2011-09-24 17:29 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)
こんな題名の曲があっただろうか、と思いながら読み始めたが、音楽は出てこず、しかし美術や絵画が粘性液体のように絡んでくる推理小説だった。『イタリア幻想曲 貴賓室の怪人Ⅱ』(内田康夫、講談社文庫)。

とてもテンポよく筋書きや種明かしが進んでいく小説で、それにはちょっと面喰ったけれども、観光案内として読めば満足感が得られるものだ。

イタリアは北部のミラノしか訪れたことはないが、この小説の舞台であるトスカーナ地方は、やはりぜひとも回ってみたい。特にフィレンツェは、メディチ家によるの繁栄と、数々の芸術家の養成と開花が、世界の文化の中核となり、現在までその魅力を継承しているから、おそらく一目みただけで催眠術にかかったように陶酔してしまうのではないかと思う。

そして、そこからアルノ川を下った途中から分岐して、丘に上がったところにあるカッシーナ・テルメという温泉場で湯あみをしてみたいし、さらにその奥の、カッシーナ・アルタにある、中世の貴族館から田園風景を眺め、そよ風にあたりながら遠き時代の空気に想いを馳せたい。

内田さんの推理小説は、地理歴史の知識というものによって、なにか頭が良くなったような気になるから、疲労しきって体力がないときにぴったりなような気がする。

イタリア幻想曲 貴賓室の怪人2 (講談社文庫)

内田 康夫 / 講談社

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by k_hankichi | 2011-09-23 18:46 | | Trackback | Comments(2)

夏から秋になるころ

季節がかわる、その瞬間というものはないともされるが、今日は夏から秋にかわる瞬間に思える。

いまはもう、半袖では涼しさを超えた肌寒さを感じる。会社からの帰り途の電車のなかは、暑苦しさではなく憂愁めいた空気が漂う。

焼いた秋刀魚に大根おろしを添えて食べたい。

今日は確実に秋であって、だから食い気も秋だ。

焼いた秋刀魚に大根おろしを添えて食べたい。
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by k_hankichi | 2011-09-22 20:17 | 食べ物 | Trackback | Comments(2)
最近の小説は読んでいるほうだと思っていたが、まだまだ足りないということに気づいた。『アカペラ』(山本文緒、新潮文庫)は、初めて読む作家の小説集だったが、予想をはるかに超えた新鮮さがあった。

1962年生まれで2001年に直木賞を受賞されたということで、比較的遅咲きらしいのだけれども、僕にとっては川上弘美さん級の印象だ。川上さんを味にたとえれば、落ち着いた和風のような第一印象ながら実はマカロンのような砂糖菓子やラングドーシャクッキーのような香りがあるのに対して、山本さんは五家宝(ごかぼう)やシスコのコココナッツサブレという、和洋折衷のちょっと鄙びた感じである。

『アカペラ』は、15歳の少女の親離れと恋愛(のようなそうでないような)奮戦記であり、その純真ながら破天荒な性格に爽快になる。

『ソリチュード』は、故郷の銚子を離れていた38歳のいかした男が、父親の死を機に舞い戻ってみることを機に、少年時代の恋愛やその頃の思い出が次々と蘇り、苦く切ない時間を過ごしていく物語だ。

『ネロリ』は、あることから妬もうとした中年姉弟を愛してしまう少女と、それを知らずに親しくなる二人の温かい、そしてちょっと切ない話だ。弟は養護の対象となる人で、姉は彼を必死に守りながら婚期を逃し、うたかたの恋を経る。

それぞれには昭和30年~40年代の日本の都市近郊の家庭がもつ、郷愁のようなものが底辺に流れ、なにか無性に懐かしくなる。回顧主義ではない、確実に存在していた時間の息吹のかけらが、そこにある。

アカペラ (新潮文庫)

山本 文緒 / 新潮社

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by k_hankichi | 2011-09-21 01:24 | | Trackback | Comments(2)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち