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『悪童日記』のアゴタ・クリストフを偲ぶ

昨晩の朝日新聞の夕刊を読んでいて、愕然とした。新組閣案についてではない。「『悪童日記』のアゴタ・クリストフ 先月死去」というコラムにである。

ああ、このこと、知らなかった。7月27日に75歳で亡くなっていた。僕の一つの時代が、いきなりきゅーんとなにか映像的に思い出されてくるような気がした。

数年前に、この人のその小説を友人から教わり、それまで読んできた小説群とは格というよりは書く姿勢という次元が異なる、ということに大きな衝撃を受けた。その読後の、身体をもみくちゃにされ突き沈みこまされるような感覚を、今でもはっきりと覚えている。胸の奥、身体の芯に、深く刻まれている。

ハンガリーで生まれ、1956年の動乱の時にスイスに亡命し移住した彼女の、実体験に根差したような地で行くような小説は、どうしてそこまで冷徹なのかと思うほどに、リアルである。

彼女の小説は、だから今でも僕の書架の重要列に鎮座し続けており、これから先も、その位置を堅持しつづけるだろう。『悪童日記』、『ふたりの証拠』、『第三の嘘』の三部作。そして、『伝染病』、『怪物』、『昨日』。

新聞記事には次のようなことが書かれていた。

「大きな目でまっすぐ見つめられると、すべて見抜かれる気がした。正直で顕示欲はなく、自己陶酔とも無縁で、およそ作家らしくなかった」

彼女の本のほとんどを翻訳している堀茂樹による印象である。この作家を紹介したその友人のまなざしが重なる。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

アゴタ クリストフ / 早川書房

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ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)

アゴタ クリストフ / 早川書房

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第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

アゴタ・クリストフ / 早川書房

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by k_hankichi | 2011-08-31 01:19 | | Trackback | Comments(0)

『いまなぜ白洲正子なのか』(川村二郎)

『いまなぜ白洲正子なのか』(川村二郎、新潮文庫)を読んだ。

ずいぶんとすらすら読める書だなあと思った。こんなふうに世の中や物事、人のことをしるせる力量はすごい。

そしてもちろん白洲正子さんのことも。

旧伯爵家に生まれ育ち、お能をまなび、14歳のころに米国の女学校に留学し、帰国後は白洲二郎と結婚し、とハイカラの極みを走った彼女が、やはり日本文化の古典に戻っていき、そしてそこに新たな知見や息吹きを与えていった。

かっこいいというのはこういうことか、という生きざまだ。

こんな言葉がよい。

“本当に必要なときはね、
じっとしとけばいいのよ。
そうすれば、
いい人のところには、
ちゃんとした人がくるの。
骨董だって同じよ。”

“(ユーモアの意味は)それはひと口にいえば、
心のゆとりと他人への思いやり、
またそれをもたらす教養にある”

いまなぜ白洲正子なのか (新潮文庫)

川村 二郎 / 新潮社

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by k_hankichi | 2011-08-30 07:43 | | Trackback | Comments(2)

病み上がりに染み透るアルペジオーネソナタ

まだ胃痛からの回復途上だ。朝は鰹だしの粥と少々の薩摩芋飯、幸水梨を切ったものを口にしたあと会社に向かっている。

いつもと同じバスなのに何だかゆるりと時間が流れている感じがするのは、聴いている曲がシューベルトのアルペジオーネ・ソナタであり、それもミッシャ・マイスキーとマルタ・アルゲリッチによるものだからだと思う。

二人は昨日読んだ本で一挙に僕の隣に来てくれて、気持ちを和らげるように語りかけてくれ、アルゲリッチは時折こちらに笑みを送り、マイスキーとは胃痛から完治したら飲みに行こうと約束している。

このあとにはシューマンの幻想小品集と民謡風の5つの小品を弾いてくれるからこれまた楽しみだ。

シュ-ベルト/アルペジオ-ネ・ソナタ

マイスキー(ミッシャ) / ユニバーサル ミュージック クラシック

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by k_hankichi | 2011-08-29 07:40 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

ますます空腹に堪える『風味絶佳』(山田詠美)

山田詠美の『風味絶佳』(文芸春秋刊)を読んだ。この週末、体調を崩し、形になるものを何も食うことができない状態だったので、せめて旨い物の話でも読んでみようと寝転びながら読み始めて、思わず佇まいを正してしまった。

実は山田詠美の小説を読むのも初めてで、彼女が何者かも知らず、この本は、吉田健一の旨いものシリーズのような食道楽系のエッセイ本かと思って買ってあったのだった。

“私には、太平洋につながるでっかい庭がある。それなのに、やり直すべき初恋は、もはや、ない。”

こう終わる短編『海の庭』の上手さには舌を巻いた。離婚した母親とともにその実家に戻った日向子は、母親の初恋の相手作並君との間に入りながら、そのふたりが初恋の気持ちをいまも持ち続けていることに、静かに嫉妬していく気持ちを描いていく。

そしてそれに続く短編『アトリエ』は、子供を身ごもった妻、麻子のもつ不安な気持ちを受け止め尽くしてやれなかった裕二の悔い改める気持ちとともに、中原中也のように終わるもので、それもまた絶妙だった。

“私は、麻子を抱きしめました。いつのまにか泣いていたのでしょう。彼女は、私の涙のひと粒ひと粒を吸い取って行きます。私は、されるままです。自分の身が空になって行くのを感じます。ゆんゆんゆんゆんゆんゆん。また、どこかで、あの鳥が鳴いています。”

旨い物、旨い料理の数々が織り込まれるこの短編集は、味だけではなくて、人生の味においてもさまざまで、そういうものをまだまだ知らぬ自分は、ますますその空腹に堪えるのだった。

風味絶佳

山田 詠美 / 文藝春秋

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by k_hankichi | 2011-08-28 19:04 | | Trackback | Comments(4)

大竹しのぶの超ド級の演技・・・『それでも、生きてゆく』第8話

『それでも、生きてゆく』の第8話を観た人は、一点の無駄もなく混じりけもなく、ただただ人間の心の底に溜まっていた澱のようなものを抉り、それをさらけ出したことに感銘を受けたのではないかと思う。そしてそのすべては大竹しのぶの演技によって尽くされている。

彼女はもうその勢いを止めようもない。もはやその演技は俳優のそれではなく、一人の人間の魂の底からの叫びと唸りと怨念と悲しみと怒りの怒涛だ。この映像は必ずや語り継がれるものと思うとともに、彼女の真価を広く知らしめるものになるだろう。

この撮影アングルの絶妙なこと、そして、その怨念の突出のあとに、ラフマニノフのピアノ協奏曲がその恨みと悲しみを浄化しようとするかのように流れてゆく。なんと美しいことか。

いま、この瞬間、大竹は日本の女優の頂点に居る。そしてここで、日本のテレビドラマは世界の極みを超えたのだと感じる。

第8話 ココ→http://www.youtube.com/watch?v=tAYkRIcPQGU&feature=related
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by k_hankichi | 2011-08-28 18:19 | テレビ番組 | Trackback | Comments(2)

こんなに知ってしまって良いのだろうか『マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法』(オリヴィエ・ベラミー)

弱りめにたたり目とばかり週末からひどい胃痛と熱に悩まされた。昨日医者に診てもらった帰りに、おぼつかない足取りで書店に入るが、書棚を眺めども眺めども何の勧興も湧かずにいた。最後の書棚でこの書を見つけて、なにか怖ろしいものが隠されているのだと確信しつつ、やはり思わず買い求めた。そして体調のことはそっちのけに一気に読んでしまった。『マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法』(オリヴィエ・ベラミー著、音楽之友社)。

こんなにアルゲリッチのことを知ってしまって良かったのだろうか・・・。これが深いため息とともに読後に思ったことだった。

幼少時代から出会ったそれぞれの師たちから吸収していったこと、そして師に影響を与えていったこと。クラウディオ・アラウがアルゼンチンで弾いたベートーヴェンのピアノコンチェルト第4番ト長調を聴いた際のことは有名だけれども、そのあとに数々の名演奏家との出会いと触発啓発があった。

フリードリッヒ・グルダによってウイーンに学ぶ計らいをしてもらい、マドレーヌ・リパッティ(亡きディヌの妻でこれまたピアニスト)にも師事し、クララ・ハスキルに出会い、そして1957年のブゾーニ・コンクールとジュネーヴ・コンクールで一と月を開けずして連続して優勝をしてしまうこと。引き続いてのヨーロッパ・デビュー後4年を経たずして、演奏活動から身を引いてしまったこと。そしてミケランジェリのもとに1年半も留まったにもかかわらず、その間わずか4回しかレッスンをうけなかったこと。

思春期以降の恋愛の遍歴。3人の娘(リダ・チェン、アニー・デュトワ、ステファニー・アルゲリッチ)のそれぞれの父親(ロバート・チェン、シャルル・デュトワ、スティーヴン・コヴァセヴィッチ)とのことも、ここまで知ってしまうと、もし隣に彼女がいたとしたら、なにか労いの言葉をかけてしまいそうになるほどだ。そんな一連のあとミッシェル・べロフが登場してくる。ああ知らなかった。絶頂期のべロフに襲った手の病気は、過労や酷使ということではなく、彼女との間の愛と音楽の力量についての葛藤による神経性ジストニアの可能性が大であったのだ。

そのような彼女の変遷を見守ってきたネルソン・フレイレ。いまも温かく彼女を支え共に音楽を昇華させる彼の姿勢にはただだた感銘する。

この書は、なんとも不可思議でしかし芸術家の間であれば常識的な恋愛関係の複雑さについても、サイドストーリーとしてそこここに散りばめている。アルゲリッチのパートナーだったスティーヴン・コヴァセヴィッチは、ジャクリーヌ・デュ・プレの最初のパートナーだったということ{バレンボイムの前)。そしてそのダニエル・バレンボイムはアルゲリッチが多く競演するバイオリニストのギドン・クレーメルの最初の妻(エレーナ・バシキローヴァ)と再婚していること。

まだまだある。アルゲリッチがシャルル・デュトワと別れたのは、彼がキョンファ・チョンと隠れて付き合っていたことが発覚したためであること。ピエール・フルニエの妻は、もともと同じチェロ奏者のグレゴール・ピアディゴルスキーと結婚していたこと、イーヴォ・ポゴレリチはショパンコンクウールで落ちた21歳の時すでにピアノの師でありずっと年長のアリス・ケゼラーゼと結婚していたこと。

こんなことまでも知ってしまっていてよいのだろうか、とこれについてもただただ驚くばかりだ。

マルタアルゲリッチ 子供と魔法

オリヴィエ・ベラミー / 音楽之友社

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by k_hankichi | 2011-08-28 11:39 | | Trackback | Comments(2)

疲労は蓄積するのか

残暑がきびしい、というよりも、吐息が深く、しかし元気がない。

これ迄、夏バテはしにくかったが、昨日今日と朝から些かバテている。身体がそれ自体を保持できない、とでもいうのだろうか、つまり体力が失われつつあるのかもしれない。

疲労というものが一枚一枚重なるように蓄積されるものであることも実感している。それは身体のあちらこちらに貼りついているから、一部を緩和してもどうにもならないようだ。

そして疲れているといろいろな感覚が失われていく。五感、そして第六感。予知能力が低くなると、歩いていても何か物にぶつかりそうになる。『サーカスの馬』の少年のように「まあいいや、どうだって、とつぶやいてみるのである」。

だからまず疲労を取り去り、ふにゃふにゃにし、そしてリラックスさせなければ旨いものを食べても旨いと感じないに決まっている。

ハイボールという文字を打っても旨そうだと感じないのも、身体がもういっぱいいっぱいになっているからだろう。

すこし休養が必要そうだ。
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by k_hankichi | 2011-08-26 07:37 | 一般 | Trackback | Comments(2)

『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる)

盛田隆二と西村賢太と小池真理子をあわせたような小説に出会った。『彼女がその名をしらない鳥たち』(沼田まほかる、幻冬舎文庫)。

なんと寂寥とした都会だろう。なんと踏みにじるような恋愛だろう。地獄に落ちてよい人と、天国に行くべき人というものを、判官のように描いていくこの作家の手腕はすごい。暗い。とにかくどんよりとしてとことん浮かばれることはない。男、陣治は、十和子に誠心誠意尽くす。女、十和子は、かれのすべての仕草や性格を忌み嫌い、いたぶりなじる。しかし、実際には彼女の心のよりどころはその男だった。

56歳で第5回ホラーサスペンス大賞というものを受賞した沼田さん。その第二作がこの作品だという。20歳で結婚し、34歳で離婚し出家し僧侶となり、44歳で友人と設立した会社が55歳で倒産したから小説を書き始めたという経歴。

彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)

沼田 まほかる / 幻冬舎

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by k_hankichi | 2011-08-25 18:40 | | Trackback | Comments(2)

残暑のなかで

残暑のなか、遠いむかしの子供のころを思い出した。

早朝からクヌギの木を巡り、幹の根元をドンドンと蹴れば、かぶと虫、オオクワガタ、カミキリなどがポトポト落ちてきたこと。

スイカを遣り過ぎて活きが悪くなったその虫たち。

朝から学校のプールに出掛け、その水の冷たさに思わず身震いし、しかし唇が紫色になるまで興じつづけたこと。

昼になれば林に出かけて土器拾い。はるか悠久なる時代に想いを昂ぶらせた。

そうかとおもえば図書館に通いつめ、とっかえひっかえ片っ端から読んでいたこと。そのときの窓のカーテンのたなびき。

東京からすぐ川向こうの街には田んぼが開けていて、その合間の沼地でアメリカザリガニを採っては餌にしまた採って遊んだ。

夕暮れまでほっつき歩き家に帰ったときの涼しい風。

夜になれば田に行ってホタルを採り、家のなかで放して飛ばしたが、あれはまだ初夏のことか。

追想はなぜかこころの底があたたまることばかりだ。
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by k_hankichi | 2011-08-24 07:42 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

グールドのスカルラッティ

グールドが弾くスカルラッティを聴いている。シルヴァー・ジュビリー・アルバムというものに入っていた。リバッティの儚いかなしい音色と比べて何と健康的で凛としているのか。

そしてゴルトベルク変奏曲の1959年8月25日のザルツブルグ音楽祭コンサートでの演奏。爽快なる青年音楽家ここにありという感じだ。僕が生まれて間もなくこんなにきれいな音楽を奏でてくれた奇遇に、ちょっと感謝してしまう。

シルヴァー・ジュビリー・アルバム

グールド(グレン) / ソニーレコード

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グールド・ザルツブルク・リサイタル1959

グールド(グレン) / SMJ

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by k_hankichi | 2011-08-23 18:54 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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