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積ん読になっていたものを、連続して読んでいる。いまは須賀敦子全集(河出文庫)の第一巻。素晴らしい著作だ。文庫で出版してくれるこの会社の心意気に感銘する。

三冊の著書が第一巻には入っていて、『ミラノ 霧の風景』が素晴らしい。僕の友人も薦めていたものだ。

出だしから良い。

“乾燥した東京の冬には一年に一度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知ってる、と思う。”

ぼくはこれだけで、ミラノのそれを味わいに行きたい、と思う。須賀さんの、心の底から物事を感じ、空気の流れとか襞まで言い表わす力は凄い。

だから、トリエステにも、ナポリにも、ヴェネツィアにも行きたくなる。まずは須賀さんが感じ取った匂いは何なのかを、知りたいがために。

そして、また、新たに彷徨し、僕だけの香りや気配、心の底に染み透り、そこから湧きでてくるものを、感じ取りたい。

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)

須賀 敦子 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2010-09-30 08:15 | | Trackback | Comments(4)
今日は、慌ただしいみちのく一人旅だった。途上の音楽は、やはりバッハ。ブランデンブルグ協奏曲とパルティータのそれぞれ全曲を聴く。本は、朱川湊人の『かたみ歌』(新潮文庫)。なんとなく億劫で読めていなかったもの。

本は意外に(と言ってはならないが)、良かった。七つの短編からなるが、それぞれが絶妙に絡んでいる。吉田篤弘の『つむじ風食堂の夜』に似ている。異なるところは、出てくる話は、みな思い出とか、まぼろしと共に生きているところかもしれない。

つかもうとすると、サイダーの泡のように、瞬間にぱっと消えて無くなってしまう。ほろ甘く、儚い。しかしそういったものであろうとも、淡い期待やあこがれみたいなものと共に生きている。

それぞれの小編にそっと、さし添えられるのは、かたみ歌。

『シクラメンのかほり』、『愛と死をみつめて』、『モナリザの微笑』、『いいじゃないの幸せならば』、『圭子の夢は夜ひらく』、『アカシアの雨がやむとき』、『心の旅』。

僕のかたみ歌は何だろうか?一曲を選ぶということ、難しい。

ヒトハ、イツモ、ココロノドコカニ、カタスミニ、アワノヨウナ、ホロニガクモ、ダガ、チョットアマイ、ユメヲモッテイル。ウタヲモ、モチアワセテイル。

かたみ歌 (新潮文庫)

朱川 湊人 / 新潮社

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by k_hankichi | 2010-09-29 20:45 | | Trackback | Comments(1)
オットー・クレンペラーファンになった僕は、CDショップに行くたびに、クラ、クランマクレガー、クレ、クレペリン、クレンペラーというような感じで棚を探す。このあいだの日曜日は、バッハのブランデンブルグ協奏曲全集が2枚組で何と2000円で新発売されており(EMIクラシックス・ベスト100・プレミアム、9/22発売)、取るものとりあえず買い求めた。古い録音とはいえ高音質CDでこの値段は凄い。

彼によるマタイ受難曲が、崇高なる神に近づく極地であるとすれば、このブランデンブルグは平易なる世俗生活のなかの、つかのまの休息である。快活健康な日常のなかで、ちょっとまぶしげに日の光に手をかざす感覚もある。たおやかな時間が流れる。

そんななか、ライナーノーツに目を走らせてみて、唖然となった。

「クレンペラーがイギリスのフィルハーモニア管弦楽団の主席指揮者時代(1954~73年)に録音した演奏の大きな特徴として、テンポの遅さがあった。これは前述のさまざまな身体障害によってなされたものだが、そのハンディによって造詣はより堅固で明晰なものとなり、風格を加えていった。」

身体障害によってもたらされたもの・・・?テンポの遅さがそれだけの理由なのかというと、そういう一刀両断で決め付けるものではないのではないのだろうかと思った。

このCDのライナーノーツを書かれている、近藤憲一さんという方は、どういう人なんだろう。もしかして辛口家?毒舌家?宇野さん?ちょっとわからなくなって、夜が更けゆく。

バッハ:ブランデンブルク協奏曲

クレンペラー(オットー) / EMIミュージックジャパン

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by k_hankichi | 2010-09-29 01:26 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
今朝、例のインターネットラジオで、ボストンのFM99.5MHzを聴いてみた。夕方の6時らしい。

モーツァルトクラリネット五重奏曲。

その合間に、ボストンの夜の天気予報や、マーケットストリートを臨むスタジオからお届けしています、などの短いナレーションが静かに入る。

隣にセットしたら、韓国のポップストップ100に繋がった。女性のナレーションの声が心地よい。

こりゃ、中学生時代に流行った、スカイセンサーの世界だ。

世界の「今」が聴こえる。何故か、心が癒される。
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by k_hankichi | 2010-09-28 07:56 | 一般 | Trackback | Comments(0)
インターネットラジオを試しに聞き始めた。驚くべき音質だ。きちんとしたスピーカーかイヤフォンがあれば、一流のハイファイオーディオが楽しめる。

インターネットラジオは、FM放送をインターネットで流しているものかと思ったら、インターネット専用のチャネルが多数ある。

アバカス(http://www.abacus.fm)はベートーヴェンばかりを一日中流しているし、エブリタイムモーツァルト!というチャネルもある。

http://www.wgbh.org/995/index.cfmでは、ボストンの99.5Mhzの24時間クラシックチャネルが聴けるようになっている。ボストン響のライヴもあるようだ。

チャネルによって、エンコードを掛け方は違うが、120kbps、132kbps、はたまた160kbsの局まである。凄い。64kbpsの局でも音質が十分のことも多い。FM放送であっても、周波数変調前のデジタル音源が使われているから高音質だ。

どのようにビジネスになっているのかわからないが、とにもかくにも、しばらく色々聴いてみようと思う。

インフラストラクチャやシステム、技術の進展は凄い。
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by k_hankichi | 2010-09-27 07:58 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(1)
バッハの『フランス組曲』は、コンサートのライヴCDであるとか、ピアニストが入念に選んだ録音集に入っていて、いくつかに親しんでいた。でも、その全体を聞きとおすことには至っていなかった。最近、アンドーラシュ・シフの演奏の音盤を買い求めて、ぽつぽつと聴いている。

シフは、例の”三羽烏”だよなあ、としか記憶に無く、僕は初めてきちんと聴いているのだが、すばらしいピアニストだと知った。早めのテムポで、グールドを髣髴する感じだ。けれども、透明冷徹ということではなく、とてもロマンチックである。叙情のバッハ。伸びやかに、明るく、心が踊ってくる。音盤の最後のほうには、『イタリア協奏曲』も入っており、それはまた、『フランス組曲』との対比をすると、まったく異なる芸術の高みにあることが分かる。こちらも実に気持ちよい演奏だ。

『フランス組曲』は、ライプツイヒに移る前のケーテン宮廷楽長時代のもので、1722年頃の作品らしい。この年には、『平均律クラヴィーア曲集』の第1巻が書かれている。その、神に繋がり、天に昇るような響きと比べると、この『フランス組曲』は、いかにも簡明だ。日ごろの気持ちをつれづれに綴った、という感じがする。

『アンナ・マグダレーナのための音楽帳』の第1巻には、この『フランス組曲』の第1~5番が含まれているが、それは、彼女と再婚した日々の喜びを、難しい言い回しではなく、易しく伝えたいと考えていたからなのではないかと思う。

平均律を書き記す合間に、普段着の気持ちで書いているのだろう(とはいえ宮廷で奏でる舞曲としても書いているのだろうが)。この組曲は、文字通り、襟を正さずに、ゆるやかな心で聴いていくのがよいのだろうと思った。

CD: ポリグラム London POCL-4359/60
録音: 1991年、Reitstadel, ノイマルクト(Neumarkt), バイエルン州
→ このコンサートホールは、 ノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツ郡(Neumarkt in der Oberpfalz)の鄙びた町にある。音響的にも非常に有名らしい。いくつかの演奏録音がなされている。いつか行ってみたい。

バッハ:フランス組曲(全曲)

シフ(アンドラーシュ) / ポリドール

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by k_hankichi | 2010-09-26 11:20 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
『イスラエル ユダヤパワーの源泉』(三井美奈著、新潮新書)。イスラエルと聞くと、どうしても買い求めてしまう。仕事で一度訪れたことがあるこの国は、宗教と民族の旗の下に、ものすごい勢いで成長していた。その、人々の生きざまと大地の強烈な印象は、あれから10年近く経ている現在も、ずっと心に刻まれている。

著者は新聞の社会記者だ。イスラエルの国内外で、地道に各階層のいろいろな人たちにインタビューをしている。右派、和平派、そして米国内でのロビー活動までも。広い視点で、事実を、そして、人々の気持ちを明らかにしていく。

イスラエルとパレスチナや中東各国との間での、果てしない戦い。イスラエルが2000年近くを経て取り戻した祖国。夢と憧憬が願望になり、それを果たしたと思った瞬間に、別のものが見えてくる。

著者は最後に、次のようなことを記している。

”イスラエルは、確かに日本と対照的な国だ。日本は憲法九条を守り、国連中心主義を掲げる。イスラエルは中東の過酷な現実にもまれ、国連決議を無視し、敵の暗殺や近隣諸国の侵攻も辞さない。だが、異質な国だと言って実情を知る努力をしなければ、中東理解はますます不可能になる。日本の中東観は、「どちらが正しいか」「どちらを好きか」「可哀想なのはだれか」といった感覚の次元にとどまっている。”

中東だけに限らない。いままさに、中国と起きている摩擦に対しても、「感覚の次元」で対応してはならないのだと、思った。

■オリーブ山のふもとの万国民教会(ゲッセ・マネ)。右上はマグダラのマリア教会。エルサレム。実在することに驚く。
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■嘆きの壁。ユダヤ教のエルサレム宮殿の一部。左上はイスラム教徒の聖地の岩のドーム。こんなに近いのだ。
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■エルサレム旧市街の城壁脇で、果物など売りさばくパレスチナ人たち。大概がこういう感じだった。
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■繁栄を極めるテルアビブ市街と地中海岸。ユダヤ人の栄華には圧倒される。
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イスラエル―ユダヤパワーの源泉 (新潮新書)

三井 美奈 / 新潮社

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by k_hankichi | 2010-09-25 18:42 | | Trackback | Comments(0)
木こりのような、侍従のような親爺さんが、夢に出てきた。「秋になってから聞きなされ」と耳打ちした。

昨晩読んだこの本、『素顔のカラヤン 二十年後の再会』(眞鍋圭子著、幻冬舎新書)の影響だった。

生前に知ることができれば、確実にもっともっとカラヤンが振る演奏に耳を傾けていただろう。

人間味に欠ける、精神性がなあ…、などと、学生時代、彼の演奏や、そのファンから遠ざかっていたから、もしその頃に知っていれば、随分違っていたろう。

言語という表現手段を使用することが極めて不得意だったなど、つゆしらずだった。節約家で、贅沢のない生活を送っていたこと、他人におもねることなく、潔癖な毎日であったこと。

スキーや水泳、車の運転や飛行機の操縦が好きだったことは、僕に通じる(僕は飛行機は出来ないが)。自分の心や普遍的なもの、美との対話に浸りきりたかったのか。

今朝は、通勤途上で、木こりの親爺さんの耳打ちにより、カラヤン/ベルリンフィルで、「ドン・ファン」とマーラーの第九番を聴いている。違って聞こえる。

この本を紹介してくれた友人に感謝している。

素顔のカラヤン―二十年後の再会 (幻冬舎新書)

眞鍋 圭子 / 幻冬舎

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by k_hankichi | 2010-09-24 08:14 | | Trackback | Comments(1)
片岡義男さんによる評論集を読んだ。『影の外に出る』(NHK出版)。書名の意味は以下だ。"アメリカから放たれてくる光を日本が受けて影ができる。その影が自分なのだと思って日本はここまで来た。その影の外に出るとは、日本が自分をとらえなおすことができるのかどうか”。

アメリカの文化に深く影響を受け、そしてそういうテイストも織り交ぜながら、片岡さんは独特の小説を書きつづってきた。しかしいま、アメリカの現状を見、理解し、そこにある深い意味(そして浅い意味も)を知り、社会や世界について、深い洞察と思考、分析をし、今後を見通していく。そこに日本が迎合し続けることに異を唱える。この人が、小説を書き続けている人であることを、忘れてしまうほど、全く別の次元に入り込ませられた。

「考えることをどこかでやめると、考えを停止したことによってそこから先に発生するマイナスは、借金が雪だるま式に大きくなっていく、というようなことに例えることが出来る。思考を停止した人が最も陥りやすいのは、べきである、べきではないという、すでにその人のなかで出来上がって固定されている価値観によって、すべてを性急に裁断してしまうことだ。(中略)現在という現実に対して、これほど無力なものはない。」

これも、我が身に堪える。

この書が書かれたのは、2003年10月~2004年4月の間(NTTデータ社の『先見日記』にもいくつかを掲載)なので、もう7年も経ってしまっている。分岐して、独自の日本のスタンス、生き様を見せているときなのかもしれない。しかし、それは違った。変われないでいる。すこしでも自分で考え、選び取っていきたい。そう思う。

影の外に出る ~日本、アメリカ、戦後の分岐点

片岡 義男 / NHK出版

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by k_hankichi | 2010-09-23 18:40 | | Trackback | Comments(1)
酒井穣著、光文社新書。

会社のなかでも、若手中堅を育てていくことに、いくばくか関わっている。

やるべきことはなにかを皆で議論し、真剣に考え、企画を練り、いろいろなことをやってみる。しかし、やってみて、効果はどうだったか、とはたと気付くことがままある。

そんななかで、本書を読んだ。冒頭の章から強烈だ。「従業員を路頭に迷わせないための人材育成」だ。

著者は、人材育成の専門家では無いようだが、だからこそ、自ら考えたの手法を実践し、成否ふくめての経験を蓄えているようだ。バイアスがかかっていない。

「教育効果をどのように測定するか」ということも記している。七段階の効果測定法なるものも、腑に落ちた。

漏れ抜けや事大主義の無い、専門書に頼らない、平易で素直な、視点の整理本だ。

僕も、簡明にならなくては。

「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (光文社新書)

酒井穣 / 光文社

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by k_hankichi | 2010-09-22 07:51 | | Trackback | Comments(2)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち