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「日本語に就て」から

会議初日。ちょっと疲れた。いまの気持ちを表そうとすると、要らぬことまで書きそうなので、往きの飛行機のなかで読んで、そして、心に落ちた吉田健一の言葉(『日本に就て』のなかの「日本語に就て」から)をここに引用する。まさにこのとおりである。

「別に言うことがないから黙つてゐる、という所から出発しなければ、どういふ形でだらうと言葉を使つて何かを表す仕事は嘘だといふ気がする。

言ふことがあるから言つたり、書いたりするのだと普通には考へられてゐる訳であるが、それならば、実際に何か言ふことがあるか、或はあると思ふ時に、それを書いて見るといい。

といふのは、それは書けないのであつて、実際に何かあるといふのは、結局は、いつもたださう思つてゐるだけのことに過ぎない。何かあるのと、それを表す言葉は違ふので、言葉は改めて探さなければならず、その時、それが無いことに気が付く。

例へば、それは他人の言葉でもすむこともあり、さうすれば、これは引用であつて、それ以外に言葉がない限り、初めからただその言葉を指すだけでよかつたのである。

併し引用も生きる為には、それが自分の言葉にならなければならない。さうすると、やはり言葉を探す状態は続いて、しまひには、凡てが既に言はれてしまつた言葉ばかりではないかといふ感じがして来る。

(中略)

かうして、強引に人の感情に訴へず、詮索すればする程どう取つていいのか解らなくなることもなくて、金属を打つた時に起る音と同じく自然に、過不足なく我々の胸に響く言葉が得られる。

併しそれには、先ず言葉の上では何もない状態に自分を置かなければならなくて、これはさう簡単に出来ることではない。」

本当に、その通りだと思う。
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by k_hankichi | 2010-08-31 08:06 | | Trackback | Comments(1)

いつ来ても広大なアメリカ

ワシントンDCで一度乗り換え、先ほど目的地の南部に着いた。

広い。とことん広大だ。森が広がり、湖も点在する国立公園のような中に、オフィスやら住宅が点在する。

これだけな豊かな土地であれば、南北戦争で徹底的に抗戦した理由もわかる。人から奪い取った土地であろうとも、大量の奴隷を連れてきて、いろいろなものを栽培した。富を築くしくみなのだ。この無頼なる精神には、ただただ開いた口が塞がらない。

時差ぼけで朦朧としているものの、今夕は、この南部魂のなかに浸りはじめよう。


写真:ホテルの前庭に群れているカナダ雁。近寄ると、群れ全体が、にじりにじりと遠くに避けていく。その遠ざかりかたは、僕が近寄る速度と同一で、まるで心を読まれているようだ。
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by k_hankichi | 2010-08-30 06:07 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

本を携えて

五冊ほど、本を携え、出張の途上にある。まず読み始めたのは、やはり、吉田健一。『日本に就て』(筑摩書房)。

もう、五十年ほど前に日本のことを扱って書いた、批評や随筆ばかりだが、今読んでも、全く古さを感じない。

「保守党の立場」という批評は面白かった。“併しこの進歩と反動の区別が実は見掛けよりも厄介なのであつて、底を割つて考へるならば、社会党が進歩的であるのは、社会党といふ言葉が社会主義を思はせ、社会主義は進歩と結び付くからであり、同じく字面からする推定によれば、保守党は保守で、保守反動といふ言葉がある位だから、保守は反動で、だから保守党は反動なのである”、などなど。

そして、「吉田内閣論」。“吉田内閣の最大の罪は、この内閣がいつまでも続いてゐるといふことである”、と始まる。だが、断罪しているのではない。良くやっていると論じている。

続く、こんなことも合点がいく。“つまり、政治に関心を持つとか持たないとかいふその政治は、この国では政策や外交関係や貿易を意味する実際の政治ではなくて、内閣や内閣の大臣に対する銘々の個人的な感情に過ぎないのである。”

自分の父親の政権が為してきたことについて、極めて客観的、合理的、論理的に、評価、判断を加えている。

そして、一旦、こう締めくくる。どこまでも、歯に衣を着せぬ闊達さで。

“日本の政治が健全に行はれるためには、少くとも吉田首相が行ふ程度の政治に対する批判力が政治に関する国民の常識になり、吉田首相程度の人物が何十人か、でなくても各政党に一人はゐることが最小限度に必要である。問題は吉田内閣がいつまで続くかといふことではなくて、現在のやうな変則な政治のあり方でいつまでやつて行けるかといふことなのである。”

この批評は、内閣の名称を削ってしまいさえすれば、いまの政治に対して言っているものとして紹介しても、誰も疑わないのではなかろうか。

日本に就て (1974年)

吉田 健一 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2010-08-29 08:30 | | Trackback | Comments(2)

音楽の暗夜行路を解決しようとしたら、闇になってしまった・・・ああ哀しい

五月連休に買ったウオークマン(NW-A847)。これが昨日の朝から突然、暗夜行路になってしまった。スイッチを入れると、音楽は例のごとく、おっそろしく豊かな質で鳴り響くのだが、ディスプレイが真っ暗なままなのだ。

まあ、昔の携帯音楽プレイヤーは、表示なしのものがほとんどだった訳なので、表示がなくても、別にいいいんじゃないの、とすこし思った。

でも違った。やはり困った。僕のそれには、すでに3000曲近く入っており、ディスプレイがないと聴きたい曲を探し出せない。

まあ、それでも、だましだまし、聴いていた。

スイッチを入れると、何かの音楽が鳴り始める。ピアノが出てくる場合は、まだ大丈夫だ。どの曲なのかは分かる。そして、鍵盤の鳴らし方で、ああ、リヒテルだ、あ、アルゲリッチだ、ああ、ポリーニだと分かる。ディヌやルビンシュタインは音質の古さからも自明だ。結構、音楽への感性も研ぎ澄まされる。

しかしそれが、あまり得意ではないマーラーだったりすると、どれかどれがどの交響曲だか、困惑し、とても頭脳の回転数が上がってくる。知りたい知りたい、何の曲?なんだったっけ、これ、ああ、どれだったっけ。わからなくなり、焦燥と不安に駆られる。疲れる。

ええい、しかたない。店に修理を頼みに行った。2~3週間かかるという。ああ…。

明日から一週間、出張なのに、どうしようか。音楽の闇の世界になってしまう。暗夜行路のほうが、乙だったか。なむ~。
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by k_hankichi | 2010-08-28 20:18 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)

忘却のまどろみ

友人が忘却ということのなかには、また新たな発見につながるものがある、というようなことをブログに書いていた。

ぼくもそう思う。そしてさらに、忘却というものがもたらす、得も云えない恍惚とした瞬間があるなあ、と思った。

ずっと昔の出来事。たとえば、小中学生の頃の友人たちとの行動、卓球部の合宿での先輩の格好良さ、キャッチボールの球がそれて木っ端微塵に街灯を割った瞬間、修学旅行のときにこっそりと撮った写真、大学のクラブで高原を歩いて隣の村までハイキングした際の草いきれと清々しさ、そんななかでのさりげない触れ合い、若き時代の挫折と悩み、いろいろな旅、そして出会いや別れ。

そのシーンが昔であったり、それほど経っていないことであっても、少しずつ記憶から、欠片が抜け落ちている。

それらは、溶けるように失われている。何故か砂糖菓子のように甘い香りと味がする。

記憶。

それは、欠落があるからこそ、その瞬間に触れるとき、人は忘却ということがもたらす、甘美な陶酔感や恍惚を知るのだ。

忘却というものは、だから故に、とても貴重な行為なのだと思う。
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by k_hankichi | 2010-08-27 00:24 | 一般 | Trackback | Comments(1)

秋の気配

熱波が襲っていた九州だけれども、ここ熊本で、秋の気配を感じた。

少し前に雷雨が何度も来たからと、分かっていても、熱が籠もっていない夕方の爽やかさは、まさに爽快であって、こういうときに飲む麦酒は旨いということが、言われなくても分かる。

蝉の声は、とたんに勢いが削がれている。タクシーのなかに流れるプロ野球の放送の喧噪のような応援は、別世界のようだ。
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by k_hankichi | 2010-08-26 18:57 | 一般 | Trackback | Comments(0)

日本全国、猛暑

先ほど、九州に着いた。南に向かう車中・機内で聴く曲は、マタイ受難曲だった。

北に向おうが、南に向おうが、何かを求めているとき、何かに近づこうとするとき、人はバッハを聴きたくなるのだろうか。

オットー・クレンペラーの指揮。まさに恍惚となる。
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by k_hankichi | 2010-08-25 22:47 | 一般 | Trackback | Comments(1)

みちのくは長閑である

出張で昨晩から宮城に来ている。朝、普段は行かない新幹線の駅裏を散歩してみた。

駅の竣工についての碑が建っていた。その後ろには、驚いたことに野菜畑が拡がっている。トマト、ネギ、しし唐辛子、クワイ、さつまいも、シソ、茄子…。

「無断で野菜を取らないでください」

と小さな立て札が立ててある。

のどかである。みちのくは、あくまでも長閑である。

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by k_hankichi | 2010-08-24 07:28 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

アシュケナージが人間として語るバッハの『パルティータ』

ディヌ・リパッティによるバッハのパルティータは、天からの啓示である。何ものも寄せ付けない純粋無垢。神に手が届きそうな音楽。いや、届いているのかもしれない。

それを知りながら、ウラディーミル・アシュケナージが演奏した、この曲の全集を昨日から聴きはじめた。いまも宮城に向かう車中で聴いている(何故か北に向かうときは、いつもバッハだな)。

ピアニストとしては、ロシア、ポーランド、フィンランドというような国の作曲家を得意としている彼が、何故にバッハなのか、パルティータなのか。それは聴いてみなければ分からなかった。

これは、人間アシュケナージが、自分に向けて弾いている、問うている音楽だ。これでよいのか、自分の音楽は、姿勢は、此れまでの生きざまは、このようで良かったのか。そう聴こえるのだ。

ミケランジェリはショパンコンクールで、想像以上に小柄な男(168cmだそうだ)が、繰り出す音楽に驚嘆したという。小さな手、短いリーチ、ベダルにようやく届く脚。それを圧倒的に卓越した技術でカバーし、音楽を届けた。

この音盤のジャケットには、初めてそういう彼の偽らない姿が写しだされている。小柄な彼が弾くさまを、シルエットのように横から撮った写真だ。

そう。アシュケナージは、ありのままを見てもらおうとしている。とつとつとして、ときにはがさつな、そして、朴訥な弾きざま。でも、それが彼なのだ。人間界の荒波を生きてきた、男の自信と、感慨と達観。そしてそこに溜息も、あるがままに弾き込んでいる。

ついのところはバッハに辿り着いた。これは、音楽と対峙し、戦い、ぎりぎりを生きてきた、生の男のパルティータなのだ。

2009.2月~12月にかけての演奏。ポットンホール@英国サフォーク州ウェステルトン。
英Decca 4782163-DX2。

バッハ:パルティータ全曲

アシュケナージ(ヴラディーミル) / ユニバーサル ミュージック クラシック

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by k_hankichi | 2010-08-23 19:04 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

マイスキー&アルゲリッチの『アルペジオ-ネ・ソナタ』

シューベルトが込めた気持ちに、ようやっと触れることができた。

ミシャ・マイスキーとマルタ・アルゲリッチによる『アルペジオーネ・ソナタ』D821。なんの気なしに、ピアニストに惹かれて購入したこの音盤は、自分のこの曲についての認識を、根底から覆すものだった。

第一楽章の、なんと心のこもった、静かなるピアノの始まりよ。悲しくさみしい、チェロの重なりよ。ロストロポービッチに師事したことで育った人だというのだが、アルゲリッチとの出会いも、彼を、さらにすばらしい演奏家にさせたのではないだろうか。

第二楽章は、ゆったりと息をころしながら、ようやっと音を出している二人。アルゲリッチの面持ちが見え隠れする。シューベルトは、これまで生きてきたなかでの、いろいろな思い出や記憶、愛についての述懐を、深いため息を重ねながら、吐露していたのだ。

最終楽章でも、楽しかった思い出の軌跡が、重なるように沸いてくる。感慨に耽るチェロと、なぐさめるように優しいピアノの掛け合い。

弦楽四重奏曲「死と乙女」同時期に作曲されたということが、沁みてわかってくる。

CDのジャケット写真。これも、なんというか、気持ちが入ったシーンだ。深い想いに溢れた二人のまなざしが、心を打つ。

それにしても、これまで聴いてきた、ヨー・ヨー・マとエマニュエル・アックス盤は、何だったのだろう。いまとなっては、これは、通りを見下ろした二階にある喫茶店で、ぽかぽかと暖かい陽射しのなかに流れるBGMにしか思えない。チェロは心地よく美しく鳴り響き、時折演歌じみたりしながらも、さらさらと流れきる。僕は、アルペジオーネ・ソナタはこういう曲、と思ってきたわけで、まさに四半世紀を無駄にした気持ちがする。

録音:1984年1月7-10日、スイス、ラ・ショードフォン。

シュ-ベルト/アルペジオ-ネ・ソナタ

マイスキー(ミッシャ) / ユニバーサル ミュージック クラシック

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by k_hankichi | 2010-08-22 17:24 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(1)


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