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塩水のはなし

マドレーヌを紅茶に浸したときの香りから、幼少時代を思い出す、というプルーストとは似て非なるものだが、なんだかやっぱりそのような、でも格好良くない回想のプロセスがあった。

昨日、久々にプールで2kmほど泳いだときのことである。後半で、鼻から水を飲み込んだ。そのときに、幼少のときに通っていた、確か桜橋とか言った、武蔵境の浄水場近くの耳鼻科での荒治療の味がした。そこから記憶が蘇った。

当時、僕は鼻が良くなくて、鼻から塩水を入れて流す、とても辛くて情けない治療を受けていた。その治療を一刻も早く止めたくて仕方がなかった。

でも我慢した。その治療が終わると、土手沿いにあるその日当たりの良い医院を脱出して、武蔵境の駅の近くの書店に行けたのだ。そこで定期予約してある「こどものとも」(福音館書店)やら、いぬいとみこの「ながいながいペンギンの話」やらを買ってもらうことができたのだ。

記憶はどんどん連鎖して掘り起こされる。当時、通っていた小学校の校歌まで思い出した。保谷第二小学校。略して保二小。

その学校に出来たコンクリートの築山の形。プールが出来たときのこと。学校の裏には養老院があり、なぜかその小学校は、密接な活動をしていた。児童たちには養老院の一体感が当たり前だった。ほのぼのとした、良い学校だった。そこから転校することが、だからとても嫌だった。

こういう回想は、とめどなく、尽きない。終わりがないから、このへんにしておこう。ほろ苦く、ちと味気ない気がする。・・・塩水はそんなものだから、仕方がないのか。
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by k_hankichi | 2010-05-31 08:17 | 一般 | Trackback | Comments(0)

『喪の日記』

最晩年のロラン・バルトは、母親の死(1977.10.25)による痛みから抜け出ることが出来ないでいた。長い間、ずっと。この『喪の日記』(石川美子訳、みすず書房)は、彼がどれだけ深く母親のことを思い続け、死から時がたつほどに、その想いが逆に深まり、浄化ではなく深化になっていたのかが分かる。

これだけ深い想いがある親子関係というのは、僕も、それほどたくさんは知らない。でも、近しいところで、問いかけることなく、語ることなく、そういう深い心のつながりを、親と持っている人を知っている。そういう美しさ、その、崇高な昇華は、人を無言にさせる。

そこでは、説明することは無為だ。バルトの言葉のいくつかを書き記すことしかない。

1977.11.19
「彼女が私に言ったあの言葉を思い出しても泣かなくなるときが、たんにありうるのだと思うと、ぞっとする・・・。」

1978.2.12
「彼女はけっしてもどってこないのだから、雪を見ることはできないし、わたしが彼女と雪の話をすることもできない。そう思って、苦しむ。」

1978.3.19
「わたしたちは、仕事に追われて、忙しくし、外から刺激を受けて、外在化しているときにこそ、悲しみがもっとも大きくなる。内面性、静寂、孤独などのほうが、苦しみを少なくするのである。」

1978.12.4
「自分の悲しみについてだんだんと書かなくなっているが、ある意味では、書かなくなってから、悲しみはより強くなり、永遠なるもののなかに移行したのである。」

これらは、哲学者バルトが、人知れず持っていた、魂の奥底のつぶやきだ。人には見せられない、ためいきのような心の姿だ。だから、これだけ、心に響き、読みすすめる僕らも、無言になるしかないのだ。

これらの日々・・・。僕が大学に入ろうとしていた頃から、入学していろいろな触発を受けていた日々だ。世の中の濃いも薄いも、良くわからなかった日々だ。あのころ、あの日、あのときに、彼はこの気持ちに居た。これを記していた。僕が、生きる方向を、なんにも見定めてもいなかったときに。

そんな間に、バルトは、なぜかモロッコにも旅行したという。マラケシュ、タンジール、メヒウラ、ムーレイ・ブ・セルハム、カサブランカ、そして、ラバトへ通じる道の美しい渓谷にある滝も見た。

ここを訪れることで、自分の気持ちと向き合おうとしたのだろうか?永遠ということのなにものかと、対峙しようとしたのだろうか?

そんな地を、いつか訪れたい。その地を訪れたことのある人が、うらやましい。

ロラン・バルト 喪の日記

ロラン・バルト / みすず書房

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by k_hankichi | 2010-05-30 20:50 | | Trackback | Comments(2)

『春との旅』

仲代達矢さんといえば、僕にとっては、NHK大河ドラマ『新・平家物語』の平清盛やら、映画『影武者』の武田信玄と影武者の記憶がずっと離れない。眼光がぎらぎらと鋭い、おっかない、おろそしい、近づきたくない。

その仲代さんが出る、老いた祖父と孫娘との旅を描いた映画が封切られたと聞き、今日の午後、恐いもの見たさで観に行った。『春との旅』(小林政広監督)。

頑固一徹の人間(祖父・忠男)の、最後のわがままを、これでもか、これでもか、と描いている。あまりのわがままぶりに、時折、可笑しくなる。老人は、よりわがままになることで、幼さに退行するのだということも分かる。でも僕自身は将来、こんなふうになってはいけないのだなあ、してはいけないのだなあ、とちょっとずきんときた。

孫娘の春さん(徳永えり)を、よく言えば素朴で、本当のところでいえば、ここまで冴えない、色気もしゃれっ気も無い姿にしてしまったのは、すべて祖父である。娘は、歩き方まで、どてどてしている。でも、そんな祖父のことがやはり好きで、たいそう気遣っている。本当にいたいけない。

仲代さんが演じる老人と孫娘の関係は、そんな感じで遠ざけたい気持ちも時折湧き出てきて、2時間半という長さもあいまって、観通すにはどうにも辛い映画だった。

無計画な旅によって、宿に泊まれず野宿する二人の姿はじんとくるし、最後に蕎麦をすするシーンは、なんだか小津映画のようでもあるが、観終わって少し経った今になってみると、”最期を感じた男が、孫娘を連れて、兄姉弟への別れを告げに巡る旅をした”、ということかとも思った。

正直、何が印象に残ったか、といえば、どこがどうということでもなく、おっかなかった仲代さんは、やっぱり、その延長線上にあって、頑迷さと哀愁のふたつを併せ持つひとになったな、ということかなあ。



☆☆

春との旅【DVD】

TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)

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by k_hankichi | 2010-05-29 21:29 | 映画 | Trackback | Comments(0)

趣味の紹介に、少し当惑する

今年の新入社員たちとの、懇親会(飲み会)があった。各人が、出身地だとか、学生時代のことであるとか、アルバイトのことであるとか、語っていく。そして周囲からの質問を受け付ける。

あるひとの番になり、その彼は、「クラシック音楽が趣味です」、と語った。一瞬のうちに、僕の頭は混乱した。どう質問したらよいのだろう、と。演奏家なのか、楽器は何なのか、聴くマニアなのか、好きな作曲家は誰なのか?「クラシック音楽」、のどういう趣味なのかまで、言ってくれ〜、と混乱した。

モダンジャズが好きです、ハードロックが好きです、いやまた、ロシア音楽が好きです、あらさて、ジャワのケチャ音楽が好きです、と言うのであれば、僕には却って想像しやすくわかり良く、問いもしやすいのに。そんなわけで、質問をし損ねてしまった。

「クラシック音楽」が趣味、というのは、大変難しい説明なんだなあ、と感じ、自分のことにも困惑し、途方に暮れた夕べでした。

追伸1:
記憶のかけら。僕が新人のときの自己紹介では、「ヴィトゲンシュタインに魅せられています」と言ってたことを思い出した。しらーとした空気を思い出し、KYだったのかあ…と、今更ながら、ひとり苦笑いしている。

追伸2:
クラシック音楽を聴くファンのマニア度を、外から見分ける一つのバロメーターは、中古CDレコード屋の棚の眺め方と買い方にある、とみている。掘り出し物を見つける早さと、そのあとの、そそくさと何食わぬ顔で買い付ける素早さ。
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by k_hankichi | 2010-05-29 07:55 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

記憶を呼び起こすこととは

以前に自分自身や身の周りで起きたことを、思い出そうとせずにも、浮かび上がってくるようなことがある。切り取られた静止画の場合もあるし、短くとも一連の会話や動きだったりもする。

そういうことが浮かび上がってくること。その内容は、愉しかったり、ちょっと甘苦かったり、気恥ずかしかったり、反省するものだったり、いろいろだけれども、それが湧き出てくる瞬間の脳は、とても心地よいものに思う。喩えようもなく快い。

人にとって、記憶のかけらは、それがどんなかけらであろうとも、掛け替えのない貴重なものなのだ。そして、それが呼び起こされる瞬間、その記憶の事象の積み重なりにより生きてきた自分に気付き、いま生きている自分があることに気付くのではないのかと思う。

深い深い湖の底に、重なり重なり堆積していく木の葉を、少し掻き出し、掻き乱してみる。昔の木の葉でも、なぜか昨日に沈んだかのように、みずみずしく美しいことに驚くだろう。それに心奪われ快いことに驚くだろう。でも、やはりその木の葉は、深い堆積の一片に戻っていく。柔らかな堆積のひとかけらに戻っていく。
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by k_hankichi | 2010-05-28 07:58 | 一般 | Trackback | Comments(0)

初めての山陰

初めての山陰地方だった。雲はどんよりと垂れ籠め、街のビルが、破風屋根に変わりさえすれば、北ドイツの、リューベックあたりとかわりない頑迷さがある。

昨晩の最終フライト便は、とうとう出ず仕舞いだった。荒天のために乗るはずだった飛行機が着陸できず、機体手配ができなかったのだ。

着陸せず、離陸もしないことが分かった途端の、飛行場の人たちの、店じまいの早さといったらなかった。

県庁所在地だというのに、夜の街は閑散としており、雨に濡れ、ちょっと途方に暮れながら、野良犬のごとく、食べ物屋を探した。

今朝はどうかというと、天候は相変わらず、雲は低くいじわるく垂れている。無事に帰朝出来ることを祈るばかりだ。

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by k_hankichi | 2010-05-27 07:27 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

羽田慕情

今朝は、羽田に向かっている。この地は空の玄関とは言われているけれど、周辺は町工場、商店、住居が連なる下町である。

昔は、電車で飛行場に向かうと、穴守稲荷駅で京急バスに乗り換えた。そして、少しの時間、小さいながらも活力とうらぶれの混じった商店街の空気に触れた。それを、憶えている人も居るだろう。

僕はもう少し憶えている。幸いなことに、僕の勤務先の会社には、羽田に工場があった。糀谷というバスの操車場の近くだ。ここで仕事があるときが、愉しみだった。プレス工場、鉄工所、めっき工場、シャーリング。その音に、鉄と油が混じった匂いに、その湿った感覚に、とことん浸れた。

あの匂いが好きな理由は、もう一つか二つある。僕の叔父が、板橋で金属切削工場をやっていたこと。子供のころ、良く訪ねた。瞬く間に旋盤の上で部品が削りだされるのを、眺めるのが好きだった。切削くずは、鋭利に妖しく美しかった。それに惹かれた。

その家庭は、どことなく、秘密があって、訪ねるたびに僕の母親と叔母が、ひそひそ話をしていたことを思い出す。話の内容は、子供心にも分かった。どうなるのかは、訊ねることはしなかった。よそのうちには、表と裏の世界があり、裕福さの裏には悲しみがあるのだ、ということに勘付いた。理由なく、おっかなかった。

羽田にもうじき着く。でも、そこには街の活力や、裏にある哀しみは流れていない。混沌はない。そのことは、却ってひどく淋しい。
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by k_hankichi | 2010-05-26 08:45 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

客が従僕となる本屋

客が神様とばかり思っていたが、見させてもらいありがとう、発見し買うことが出来てありがとう、と、ただだだ感服して二の区が継げない本屋に出会った。

一昨日、友人の案内で訪れた、千駄木の「往来堂書店」だ。電車通りに面した、間口三間、奥行き六間ほどのちいさな店である。なんだ普通の、駅前商店街の、ラーメン店と乾いた時計屋の間にあるような店ではないか、と店先で思った。が、一歩足を踏み入れ、書架を眺めたら、魔法にかけられた。

思考が一瞬固まったようになったあと、別の回路に切り替わり、水力発電所の中型タービンが回り始めるかのように、頭のなかでブーンと微かな音をたてて何かが回り始めた。

街にまつわる書棚の左は、都市国家論、目を追っていくと、哲学書となり、しかしサブカルチャーの冊子も間に挟まれる。対面のフランスの翻訳小説の右は論評本に繋がる。本の並び、組み合わせが、普通の書店とは、まるっきり異なるのだ。人の考えを刺激し、背表紙をみたり手にとってみることだけで、新たな啓発が、次々に与えられていくのだ。

友人によると、全国の書店経営者の間でも、おおきな話題となっていて、日本橋の丸善や、金沢の有名古書店も、学びにくるらしい。

また立ち寄り、じっくり時間をかけて味わってみたいと、後ろ髪を引かれながら、店をあとにした。

僕の手には、ロラン・バルトの「喪の日記」(みすず書房)と、中野京子の「怖い絵」(朝日出版社)が、触発され買い与えられていた。
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by k_hankichi | 2010-05-25 08:24 | | Trackback | Comments(2)

30年の封印からの解放…チャイコフスキー交響曲第三番

昨日は、友人の知人が出ているというアマチュアオーケストラの演奏会に出かけた。

葛飾下町の街角を横切り、着いた先で、忘れ去っていたチャイコフスキーの佳作に感動した。交響曲第三番ニ長調、通称「ポーランド」。

五番や六番に比べて、あまりポピュラーではないから話題になることが少ない。僕も、自分が、ムラビンスキー/レニングラード交響楽団の箱モノ(交響曲全集)のなかで、この曲が何故か好きで、学生時代に聴き込んでいたことすら、頭から消し飛んでいた。

ロシアの果てることのない大地から響いてくる哀愁、沈みゆく夕日。物憂げさのなかから、高らかに響き渡る金管の咆哮。無情さのなかからも、むやみに明るい、生きる希望が見えてくる。しかしそれは幻なのだ。

30年の封印が、いきなり解けた感がした。

アウローラ管弦楽団(www.avrora.me)。この人たちの意気込みに感銘した。雨に濡れた、下町の工場やビル、住居の屋根の、にびいろの光と共に、僕の心に刻まれた。
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by k_hankichi | 2010-05-24 07:51 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

献身の愛は成就したか・・・「チェイス~国税査察官~」

このためだったのだろうか、昨晩はなかなか寝付けなかった。重く、熱い夜だった。なにゆえに男は、金を手にしようとしたのか、前回は分からなくなっていたが、この最終回、最後の最後で、それがわかったのだ。悲痛なまでの理由だった。それを考えれば考えるほど、重い不条理と、それをそうとして受け入れようとした男の気持ちが、僕の胸の奥に鋭く突き刺さっていくのだ。

NHKの土曜ドラマ「チェイス~国税査察官~」(脚本:坂本裕二)のことである。

男(村雲修次、ARATAさん)は知っていたのだ、どうして自分が誘拐されたのかを。それでも、それから長い間、ずっとずっと、幼いころの憧憬の思いをそのまま変えずに、それを胸に秘めながら生きてきた。

そしてある瞬間に知った。真の愛の対象が、まだ生きて居ることを。亡霊ではないそれが、生きていることを。男は、自分を受け入れてもらうだろう、褒めてもらえるだろう、再び頭を撫でてらえるだろう、そういう夢だけを念頭に、遠大なるチェイス(村雲にとってのチェイス)を始めていった。

それにしても、最後のシーンでの、相手の冷たい、愛情の微塵も窺うことができない無表情さは、なぜだったのだろうか?愛が無いわけはない。しかしながら、突き放してしまった。この理由(わけ)を考えているだけで、「生きること」の辛さ、ひと一人一人が負っている罪の深さ、この世にうごめく宿命の深淵に、僕の魂は沈降していく。

せめてもの幸運は、村雲が、その相手の表情と反応を目の当たりにしなかったことだろうか。いや、ちがう、村雲にはそれが分かっていたのだ。だから、あえてそれを人に託した。

愛するより愛されたい、その悲痛なる叫びが、いまも聞こえてくる。そして思いあぐねる。献身から始まった男のチェイスは、報われなかった、としてよいのだろうか、と。ドラマのエンディング曲(菊地成孔さんの「退行」)の歌詞が意味するところも、ようやっと腑に落ちることとなった。

これは、日本の映像ドラマ史の一つの傑作だ。

チェイス-国税査察官-DVD-BOX

ポニーキャニオン

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by k_hankichi | 2010-05-23 08:19 | テレビ番組 | Trackback | Comments(0)


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