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桜並木にはクレンベラーのマタイがよく似合う

あわただしく今週も過ぎていく。そして、年度末を迎えた。

3.31という日付を眺めるたびに、なんだか盛夏をちょっとすぎた頃、遠い海辺の砂浜で、スイカを食べているような気分になる。

ノスタルジックで、ほの甘く、ちょっとしんみりと心の奥底をくすぐるような気分に。

小学生の四年生を迎えようとする年のこの日に、東京から千葉に引っ越した。千葉といっても市川という江戸川を渡った直ぐのところだからね、と慰めのような言い訳のようなことを、ことあるごとに、このあとずっと言うことになった。

中学校に上がる年のこの日に、その地元の友達たちに別れを告げて、東京の中学校に通うことになった。あれがなければ、その頃、いつも行動を共にしていた女の子と、付き合っていたかもなあ、と、今になっても思う。

大学を卒業した年。まだ配属先が、神奈川県と知らぬまま、明日からは社会人だ、としみじみとしていた。

いまの家に引っ越したのも11年前の3.31。住み慣れた集合住宅を、或る理由でやむなく離れることにし、友人家族に見送られながら、同じ市内に移った。そのころの焦燥や苦労は、いま思い出しても、苦い味がする。

通勤途上の並木に桜の花がだいぶん咲き開いてきた。クレンペラーさんのマタイ受難曲を聴きながら、歩く今日の思いを、いつの日か、また想い出すのだろうか。

「桜並木にはクレンベラーのマタイがよく似合う」

バッハ:マタイ受難曲

クレンペラー(オットー) / EMIミュージック・ジャパン

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by k_hankichi | 2010-03-31 07:52 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)

自暴自棄になりそうだったので・・・

この週末、なんだか、ちょっと興がのらない。会社の仕事のためだろうか?夜中や明け方に目が覚めても、なんだか、みょうちくりんな顔つきをしている自分のことが、分かるほどだ。

どうやって復活させようか、と思っていたが、処方の顛末は以下。

今日は朝から外で所要があったので、そのまま神保町まで足を伸ばした(先週に引き続き)。なんだか人出があるなあ、と思っていたら、”神保町さくらみちフェスティバル”なるものをやっており、ふるまい甘酒やら、ワゴンセールやらもやっている。路地裏では、商店街の人たちが餅つきやら焼き鳥もやっている。

なむさん、これは、祭りだ祭りだ、やけくそ買いだ、と思って、いろいろ買い求めた。家に帰ってみて、ちょっと冷静になって並べてみると、確かに「自棄買い」の様相。でも、たしかに、気分は晴れてきた感じでもある。

新刊書店、古書店をめぐりながら・・・。
「須賀敦子全集」第1巻、河出文庫(友人が薦めていた「ミラノ霧の風景」が入っている)
「水の家族」、丸山建ニ、求龍堂(三浦しをんさんのお薦めということで・・・)
「神聖喜劇」第1巻、大西巨人、光文社文庫(同上だけども、重そうだ・・・)
「花のレクイエム」、辻邦生、新潮文庫(山本容子さんの挿絵が綺麗でなんとなく)
「日本に就いて」、吉田健一、筑摩書房(この人の古本、有れば即買いである)
「悲しみに笑う韓国人」、古田博司、ちくま文庫(仕事柄、なんとなく気になって)

神田古書センターの中古レコード店と、以前友人に紹介してもらった、岩波ホール裏の路地裏の中古レコード店で・・・。
J.S.バッハ/マタイ受難曲、オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウスは、どうも心にしっくり来ないので・・・)
L.V.ベートーベン/バイオリンソナタ全集+Life with Beethoven(両方DVD)、アンネ・ゾフィー・ムター/ランバート・オーキス(この人の音を聴くと、心はすべて和む。そして動画である、語り入りである、とびつくのである)
L.V.ベートーベン/バイオリン協奏曲、アンネ・ゾフィー・ムター/クルト・マズア/ニューヨーク・フィル(マズアさんはムターさんのサポートは完璧であり、そしてまた、完全に悩殺されている)
J.ブラームス/「ドイツレクイエム」、オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(どんなかんじだろう?)
アルバン・ベルク/「ルル」、カール・ベーム/ウイーン国立歌劇場管弦楽団(1600円という価格に誘惑された)
アルバン・ベルク/「ヴォツェック」、カール・ベーム/ウイーン国立歌劇場管弦楽団(同上)

さあて、これらを、どう、捌いていこうかなあ。
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by k_hankichi | 2010-03-28 18:03 | 一般 | Trackback | Comments(2)

記憶が追想になり、追想が深い思考になる

須賀敦子さんの本を、実は初めて読んだ。「ユルスナールの靴」。河出文庫。

まず、冒頭から、すばらしい。

「きっちりと足にあった靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、j完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。」

こんなにきれいな言い方があるんだ、日本語があるんだ、響きがあるんだ、と驚く。そして、ぐっ、ぐっ、と引き込まれていく。

読みすすめるほどに、ぼくの心の奥に一層、また一層と、彼女の思考が積み重なっていく。幼い頃からの記憶が、追想になり、そして、その追想が深い思考になって、織り込まれていく。エッセイとも、自伝的小説ともいえるような、述懐のような、深い思考に裏打ちされた言葉が、重ねられていく。

たんに懐かしむということではなく、ひとつひとつの記憶の断片が、歴史に繋がり、哲学に繋がり、たくさんのひとの生きざまに繋がっていく。思いや発想が、豊かにふくらんでいく感覚、それがとてもよい。

ときおり、読みながら指先がとまっていて、そして物思いにふけっている自分に気づく。

須賀さんは、イタリアに付随する随想家、小説家なのかとおもっていたら、この書を読むと、初めての留学はフランスであったこともわかる。初期の、不安に満ちた日々。その不安を打破しようと、ベルギーやオランダに旅する冬の寒空の風景が、ぼくのまぶたの裏にも浮かんでくる。このあたり、辻邦生の「モンマルトル日記」に通じるところがある、まさに、焦燥と不安、ふたつともにある、そういう感覚だ。

一方、ローマで、ハドリアヌス帝の足跡をたどる。映像的な、視覚と思いが揺れ動くような情景の描写は、またとてもよい。紀元後間もないローマ時代と現在、そして、ユルスナールの思いと自分の思いが、織物のように交錯していく。

マルグリッド・ユルスナールの生涯は波乱に満ちていた。1903年に、ベルギーのブリュッセルで、フランドル地方の名家に生まれる。しかし、フランス人の富裕な父親とともに、幼い頃から、欧州のいろいろな町々を転々とし、それとともに、古典や文学の手ほどきもうけた。第二次世界大戦の直前に、渡米し、やがて旺盛な執筆をおこない、在外ながら、女性初のアカデミーフランセーズの会員になり、二度とフランスには帰らなかったという。この間、伴侶を二度も失っている。

須賀さんは、彼女の、その孤独な、そして、悲運な生活に、自分のそれを重ねているところも、あるな。在外の悲しい孤高ということも。

ユルスナールの靴 (河出文庫)

須賀 敦子 / 河出書房新社

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by k_hankichi | 2010-03-27 13:54 | | Trackback | Comments(2)

二十世紀の追憶

アンネ・ゾフィー・ムターさんによる(はい、また、ムターものです)、20世紀の追憶シリーズCDを聴いている。

シベリウス、ラヴェル、ストラビンスキー、バルトーク、ヴェルク、ルトスラフスキ、ペンデレツキ、モレ、リーム…。

冒頭のシベリウス。冬の朝。湖面に佇む私。霧の向こうから、魂の、はかないうち震えが伝わってくる。ムターさんの心のわななきがはじまる。

あまりにも格好いい、凛とした演奏だ。

初めて聴くような曲も多い。でも、めちゃくちゃカッコいい曲ばかりである。

よくぞ、ここまでたくさん演奏し、レコード会社も、それを上梓したものだ。執念みたいなものまで感じる。そしてまた、難曲に、わけなく自分の魂を吹き込める、彼女の技量に頭がさがる。

彼女に捧げられたものも入っている。20世紀の作曲家から、だ。何って幸せな人なのか。

そのムターさん、四月には来日されるということを、昨夕の新聞で、初めて知った。チケットは完売らしい。

こりゃいかん、なんとしたことか。是が非でも、聴きに行かねば。

なむさん、どげんかせんといかん。

◇CD1
 ■ Jean Sibelius; Violin Concerto in D minor, Op.47
  オケ:Sächsische Staatskapelle Dresden, 指揮:André Previn
 ■ Krzysztof Penderecki; Metamorphosen, Konzert für Violine und Orchester Nr. 2
  オケ:London Symphony Orchestra, 指揮:Krzysztof Penderecki
◇CD 2
 ■ Béla Bartók; Sonata No.2 for violin & piano, Sz.76
  伴奏:Lambert Orkis
 ■ Norbert Moret; En reve
  1. Lumière vaporeuse
  2. Dialogue avec l'Étoile
  3. Azur fascinant (Sérénade tessinoise)
 ■ Béla Bartók; Violin Concerto No.2, Sz.112
  オケ:Boston Symphony Orchestra, 指揮:Seiji Ozawa
◇CD 3
 ■ Igor Stravinsky; Concerto en re for violin and Orchestra
  オケ:Philharmonia Orchestra, 指揮:Paul Sacher
 ■Witold Lutoslawski; Partita (for Violin and Orchestra)
  2人目Vn: Phillip Moll, オケ:BBC Symphony Orchestra, 指揮:Witold Lutoslawski
 ■同、Chain 2 Dialogue for Violin and Orchestra
  オケ:BBC Symphony Orchestra, 指揮:Witold Lutoslawski
◇CD 4
 ■ Maurice Ravel; Tzigane
  オケ:Wiener Philharmoniker, 指揮:James Levine
 ■ Wolfgang Rihm; "Gesungene Zeit" 1991/92 - Music for violin and orchestra
 ■ Alban Berg; Violin Concerto "To the Memory of an Angel"
  オケ:Chicago Symphony Orchestra, 指揮:James Levine

Back to the Future

Anne-Sophie Mutter / Deutsche Grammophon

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by k_hankichi | 2010-03-26 08:29 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

怒りのや悔しさに、パワーを与えてはいけない

先に読んだ小手鞠るいさんの「エンキョリレンアイ」に、良いことが書いてあったので、留めておく。

不条理な人や会社に対しての、「怒りや悔しさに、パワーを与えてはいけない」。

「怒りは怒りでしかない。怒りというマイナスの感情は、抱けば抱くほど、怒りそのものに、さらにネガティブなパワーを与えてしまう。」

「答えは、怒りのエネルギーを別のこと―実践的な行為や解決方法につながる行動に注いでいく。」

「状況そのものは、変えられない。だからといって投げ出す必要もなく、あきらめる必要もない。…自分が具体的にできること、実行可能なこと、小さなことでもいい、その「行為」にエネルギーを注いで下さい。」

許し、受け入れてあげる。それが理不尽に勝利できる唯一の方法、という。

ニンゲン、看破、達観、解脱、諦観、受容、つねに見失わないこと、ヒツヨウなんだなあ。

寒い朝の風が、身に染みる。
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by k_hankichi | 2010-03-25 07:57 | | Trackback | Comments(0)

「エンキョリレンアイ」

小手鞠るいさんの、この題名の小説を買うのは恥ずかしかった。けれども買った。爽やかさと、ちょっと甘酸っぱい哀しさ。そういう感覚に浸るストーリーだった。

エンキョリレンアイ。カタカナで書き、つぶやいてみると、なんと甘美な響きでしょう。

物語の舞台。きっかけは、書店での出会い。そんなロマンチックな出会いは、ないですよねえ。でも、小説だから許される。

遠く離れている間、やきもきしながら、でも、相手を信じる感覚。信じなきゃ、と思い、念じる感覚。やがて、ちらと生じる、疑心暗鬼。やきもちと苛立ち。こちらはこんなに愛しているのに、という感覚。妄想に陥る。気も狂わんばかりになる。

もういい、あんたなんか、と、すてばちになり、でも、やっぱりちがうわ、と戻ろうとする。自分だけじたばたしていることに、嫌気だとか、馬鹿馬鹿しさも感じる。

そういう感覚が、上手い。

最終シーンは、予想していながら、そしてまた、あり得ない経緯の結果ながら、じーんと感じてしまう。単純だけども、このストーリー、許したる、そう思ってしまう。心憎いなあ。アップステートニューヨークの郷愁もそそる、kokoroが疼く小説だった。

エンキョリレンアイ (新潮文庫)

小手鞠 るい / 新潮社

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by k_hankichi | 2010-03-24 06:44 | | Trackback | Comments(2)

津軽弁の「走れメロス」

太宰治の「走れメロス」と「魚服記」の、津軽弁訳を聞いている。鎌田紳爾さんというフランス近代歌曲とシャンソンの歌手による翻訳と朗読だ。

この語りは、とんでもなく心地よい。太宰治は、どんな声だったのかは知らないが、彼の心の声を聞いているような気がする。

『メロスぁうって怒(おご)った。必ず、あの、邪智暴虐の王ごと除がねばまねって決意した。メロスねだぎゃ政治(せんじ)はわがね。メロスぁ、村の牧人だ。笛ごど吹ぎ、羊ど遊んで暮らして来た。したばって邪悪ね対してだば人一倍(ふといちべえ)敏感であった。今日未明メロスぁ村ば出はって、野ば越えで山ば越えで、十里だばはないだ此のシラクスの市(いち”)さやって来た。メロスさは父(とっ)ちゃも、母(かっ)っちゃも無え。女房(にょんぼ)も無え。十六(じゅうろぐ)の、内気だ妹(いもど)ど二人暮らしだ。・・・・・』

ギリシャ伝説をもとにした話しであるわけなのに、津軽の昔ばなしのような感じだ。子供たちに、人としてどうあるべきかを、村長さんが、とつとつと、謡うように語っているかのよう。

標準語で朗読するものも有るらしいが、何が何でも津軽弁のこちらを聞くべし、と思うのだ。

こころの言葉で語ること。こころの言葉で読むこと。その貴重さを知るのです。

本の名前は、「走っけろ(はっけろ)メロス」だ。

走っけろメロス (CDブック)

太宰 治 / 未知谷

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by k_hankichi | 2010-03-23 21:55 | | Trackback | Comments(4)

泳ぎきって、ほぐされ、研ぎ澄み、マタイを聴くなう

魚は、疲れてるだろうな、と思った。泳げども、泳げども、とどまれない。陸上生物や、鳥のように、疲れたら、どこかに腰を下ろして、休むこともできない。常に、ひれや体のどこかをどこかしら動かしながら、危険がきたら、すばやく逃げられるようにしないといけない。ほんとうは、休みたいのだろうが。でも、留まって、腹でも出して、寝ていては、大きな魚に喰らわれてしまいかねない。

今朝、一週間ぶりに、プールで泳ぎながら、そう思った。そう思ったのは、泳ぎ始めて、しばらくたってからだった。

水に入って始めの頃は、モーツアルトのレクイエムだとか、バッハのマタイ受難曲だとか、シベリウスのバイオリン協奏曲だとか、ラロのスペイン交響曲が、頭に交錯した。会社の仕事のことも、漫画の噴出しせりふのように出てきた。責められていることに抗弁したりしていた。なにかやらないと、ということも、頭上に、電光掲示板のように流れながら、いやいや、そうじゃない、とそれを打ち消していた。そのうち、小林秀雄だとかが、五月雨的に頭をよぎった。

隣のコースの、おばさんが、こちらに侵食してこないかも、気になった。お化粧や香水は水を伝わって侵食する。水が甘くなる。それはいやだった。かと思えば、新たな参加者の泳ぎのうまさも、気になった。スピードを上げて、自分もちょっと上手な泳ぎができることを、見せようと思った。が、すぐにくたびれて、戻した。ちょっと小太りのおじさんが(自分もそうだが度外視します)、参入してきた。同じコースから出て行けー、と心で念じた。そのうち、失せた。やった~、と思った。

昼には、あの店の餃子を買って帰ろうか、それとも、一人で喰ってしまおうか、とかも思った。いやいや、サンドイッチひとつでやめとかねば、と念じた。そうこう考えていると、泳ぎながら、だんだんと、頭が痛くなってきた。泳ぎながらも、さらに痛くなってきた。やっと、1500mを過ぎた。疲れは、過ぎた。どれだけ泳げば気が済むのか。

ここらで邪念は、消えてきた。水面を通して射してくる、日の光がきらきらと宝石のようだった。映画に残したいシーンのように思えた。無我、でしょうかね。無明、を超えたのかしら?

昨晩から肝臓のあたりが重く、これは、飲みすぎだからか?、と思って、リセットの意味で泳ぎ始めた僕は、ようやっと、2kmを泳ぎきった。全身の倦怠はあるものの、健全になった。体には力がみなぎってきた。

バッハのマタイ受難曲BWV244。リッカルド・シャイー指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による演奏。古楽器を使っていて、それでいて、なんだか近代的な演奏、いわゆるナウい演奏。躍動感に満ち、声楽も元気に溢れている。この2週間ほど、これをずっと聴いているが、なかなか理解が進まない。BGMとしては心地よく響くのに、、曲としてはよく理解できない。いつのまにか、曲が終わっている。

クレンペラーさんのやつはどんなんだろうか・・・と思いながら、もうすこし、こちらを重ねようかと考えている。

泳ぎきって、身体がほぐされ、精神は研ぎ澄み、シャイーさんのマタイを聴くなう。

バッハ:マタイ受難曲

シャイー(リッカルド) / ユニバーサル ミュージック クラシック

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by k_hankichi | 2010-03-22 17:58 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

無明ということ

小林秀雄さんと数学者の岡潔さんの対談、「人間の建設」を読んだ。よいことがたくさん書いてあるので、ちょっと困った。そして、焦った。自分の人間観・世界観がまったくもって足りていないことと、それから、話されていることのうち、自分ではきちんと理解できないことが往々にあるので。

でも、思った。これは、この先も、ときどき、読み返せばよいのだ。そうすれば、すこしづつ、頭から、心に、心から魂に入ってくるだろう、と。

お二人は、「無明(むみょう)ということ」について、対話されている。岡さんいわく、人は自己中心的に知情意し、感覚し、行為する。そういう行為をしようとする本能を無明という。芸術では、個性をやかましくいうが、それが自己中心的に考えられたものだと思われている。自我(西洋でいう)、小我(仏教でいう)が、それだが、でも、それは本当の個性ではなく、もっともっと深いところから来るものだというのだ。まだまだ真理に暗く、そこに到達できていない、迷いの状態。

無明からくるものは、醜悪である、ともしている。そして、無明を抑えさえすれば、やっていることが面白くなってくると言うことができる、というのだ。

一方で、「無明の達人」についても、語り合っている。小林さんは、ピカソやドストエフスキーについて、無明の達人という。無明に迷わされないと、あれだけ無明を書けない、無明の中に入らないと、あれだけ知ることはできない。

さらに言う。ドストエフスキーの苦痛は、深い無明に根差していて、彼の苦痛は、とても後悔なんかで片付く簡単な代物ではない、と。懺悔録などというものを書くトルストイのような男は、ついにがたっとくるのだ、と。

自分のことを言われているような気がした。

音楽家の場合について、考えてみた。この曲を弾きこなしてやろう、あっというような感激を与えてやろう、観客をハッと言わせよう、という状態は、まだ、無明なのだろうし、でも、作曲家の無明のレベル、そして、人間の無明のレベルまで落ちていないと、その無明を表すことはできない。

とすれば、そこまで達していて、演奏の中で、自分の無明を消し去ることができる人が、素晴らしい演奏家なのだろうかな。

最近、無明に居る人と無明を消し去ることができた人の、対極を見た(聴いた)ことを思い出した。

小林愛美さんと、アリス=サラ(紗良)・オットさん。対極にある。

いまのアンネ・ゾフィー・ムターさんは、もちろん、無明を消し去ることができているひとだ。

僕のほうの無明はつづく。

人間の建設 (新潮文庫)

小林 秀雄 / 新潮社

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by k_hankichi | 2010-03-21 14:37 | | Trackback | Comments(4)

「霧の旗」と、モーツアルトのレクイエム

昨晩、録画してあった日本テレビのドラマ「霧の旗」を観た。松本清張の1961年の作品のドラマ化。

まず音楽で、度肝を抜かれた。モーツアルトのレクイエムK626で全面、貫かれている。出だしが、ディエス・イレ(怒りの日)。怖い。そして、途中から、ラクリモーザ(涙の日)に変わっていく。シーンに応じて切り替えた心憎い音楽演出。

逆恨みから陥れられた柳田という男。それを救いたい彼の妹、桐子(相武紗季、この人は、大造りな雰囲気ながら素朴さがあり美しい) 。自分の生いたちから遠く離れたい大塚欽也弁護士(市川海老蔵、これまさにプリンス、そして顔だけでなく体全体が歌舞伎である) は、男の妹の懇願を断つ。そして彼は死ぬ。

妹の恨み。弁護士は孤高に振舞う。しかし、孤独の悲しさがある。そこに入ってくる女、河野径子(戸田菜穂、ああ~、男の心を乱す雰囲気が、とっても本場ものだ!)の美しさ。男と女は、湖畔の霧をまえに心と身体が通じる。

女は犯罪に巻き込まれ、桐子によって、犯人に仕立て上げられる。にじりにじり、桐子は、大塚に迫る。心を弄ぶ。

終盤で、激しい雨夜のなか、泥だらけの地面に、頭をこすりつけて、助けを請う、大塚の哀願シーン。それを見下ろす桐子の、視線。まだ満足していない視線。

そして、だんだんと、精神が朦朧となりうつろとなってくる海老蔵の演技。凄い。

ああ、女のひとは怖い。恨まれた男は、ここまで、骨の髄まで、痛めつけられるのだ。

罪をつくったのは、男でもなく、女でもない。しかしそこにでも憎しみが、ゆえなく生まれてしまう。それは意味のない憎しみだ。それを補おうとして生まれる愛も、また、別の恨みを生んでしまう。

そういったことすべてが人間の罪。その人間の”さが”からの救済を込めて、この曲、レクイエムが選ばれている(と思う)。

生誕100年記念 松本清張ドラマスペシャル 「霧の旗」 [DVD]

バップ

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by k_hankichi | 2010-03-21 11:22 | テレビ番組 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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