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Superflyさん

おそまきながら恐縮しながら記載します。

昨晩、録画してあったTBSの「情熱大陸」を視聴しました。

Superflyさんのストーリー。

ぼくは、この番組を観るまで、このひとのCDが店頭に並んでいても、それはジョーン・バエズのレコードの再販なのだと信じて疑わない状態でした。

なので、おろろいた。日本人なんでさらに驚いた。さらにさらに田舎のひとなので呆気にとられた。

愛媛県の今治の奥の村の農家に生まれた。越智志帆さん。子供のころは里山の小川なの畔で歌を大きな聲で歌っていた。短大に行って初めてステージというものに上がった。

卒業後上京。22歳にしてデビュー。またたくまにヒットチャートに。

ウッドストックにもデビューした。

恐るべき歌唱力と音楽を組み立てるセンス。コスチュームやデザインセンスも稀にみる。直観、直感の人と分かりました。

make.beliebe

の若き具現者だとおもいます。

make:行動、実行、創る、形にする。

beliebe:精神。考える。想像する。夢見る。

…このふたつを結びつける。想像を現実へ結びつける。
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by k_hankichi | 2009-09-29 08:41 | ポップス | Trackback | Comments(2)
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘著、中古公文庫

「暮らしの手帖」に連載されていたそうで、「つむじ風食堂の夜」の姉妹作品になるそうです。

静かに時が流れゆく小説。

思わず、編集部に次のような¨読者の声¨を投稿しようかと思いました。

■これを是非、「リーガロイヤル料理長の今月のレシピ」に加えてください。

■また、つぎのような企画に繋げてください。

「最新ミキサーでのスウプ作り」
「京都で味わう和風スウプ」
「スウプに合うビヰル」
「最新デジカメでスウプの薫りが伝わるか」
「若い夫婦に聞く:スウプ冷めぬ距離とは」
「月船キネマのかへりに隣町でスウプに舌鼓を打つ」
「トロワの作り手ノオト:スウプを如何に始めたか」
「最新流行モオドを比較する:松原あおいさんVS宮崎あおいちやん」

…さわやかで、ゆるやかな、たおやかな小説です。

それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

吉田 篤弘 / 中央公論新社


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by k_hankichi | 2009-09-28 08:36 | | Trackback | Comments(0)

「出口あり」の感覚

「熱い風」小池真理子、集英社刊

久しぶりにこの人の小説を読んだ。以前よりピュアになった。余分な贅や汚いものが削ぎ落とされた。

舞台は東京、シャルル・ドゴール空港、ブリュッセル、アムステルダム。美しい街々の描写に重ねて、愛する男が死に去ってしまったことを、いまだ受け入れられずに、時に嫉妬と猜疑心がもたれる感覚が表現される。

ブリュッセルのグラン・プラス(広場)に、ヴェルレーヌがランボーを嫉妬から銃で撃った石碑が残っているという話も紹介される。女の気持ちに重なる。

アムステルダムでは、運河を見下ろす洒落た街並みを臨みながら、彼への想いを見失いそうになる。

しかし非常な奇遇が、闇にいた彼女を救い出す。読み手の僕らも救われる。ハッピーエンド。

先の事件に遭ったランボーは、その後すぐに「地獄の季節」を書いたそうだが、女は何かを書き始めるのか、どこに向かうのかは示されない。

でも我々は分かる。サルトルは「出口なし」、を書いたが、小池さんは「出口あり」としたのだ。

永遠の愛を確かに胸に抱き締めながら、出口を出て、次の自分に向かうのだ。彼との愛を胸に携えながら。

熱い風

小池 真理子 / 集英社


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by k_hankichi | 2009-09-25 00:26 | | Trackback | Comments(0)

松下さんに学ぶ

友人から話を聞いて、書店の店頭でみつけてすぐ買い求めた本です。

「リーダーになる人に知っておいてほしいこと」松下幸之助(述)、PHP研究所刊

松下政経塾のなかで幸之助さんが語られたり、したためられたことを集めたもの。内容は換言して“社会人に知っておいてほしいこと”としてもなにも違和感がないものです。

僕自身が全然ちゃんとしていないことが良くわかりました。会社でも、私生活ても。例えば次のような示唆です。

◇『客観的に見ること』・・・「自分の主観で見ると、たいていはまちがう。客観的に物事を見る。つまり、素直にものを見ることが大切である。」→ 主観≠すなお、ということ!

◇『人情の機微を知る』・・・「人情の機微は教えることができない。学ぶのではなく、自分で悟るしかない。しかしその人情の機微こそが、人生の根底であり、一番大事なことである。」

◇『自己観照をする』・・・「ぼくが言うこと言うても、その場で反対派しないけれども、ちっともついてきてくれない。なんでついてきてくれないのかと。それで自己観照をやった。そうすると、人がついてくるようなものを何ももっていないのやから、ついてこないのは当たり前やと。これまであかんということに気がついた。」

企業の経営者として素晴らしいだけでなく、人としての生き方までも後生に残し、いまも価値あるものとして受け継がれている。政治の世界にまでも影響を与えている。

僕はこういう経営者を尊敬します。

リーダーになる人に知っておいてほしいこと

松下 幸之助 / PHP研究所


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by k_hankichi | 2009-09-24 20:48 | | Trackback | Comments(2)

90年代のポップスと軌跡

夜、TVで90年代のポップスベスト30的な番組(フジテレビのHEY! HEY! HEY!)をなんとはなしに眺めていました。結構、ドラマの主題歌になっているものもあります。

当時の映像と歌い手の姿をみながら、その頃に起きていたものごとが、なぜか鮮やかに蘇ったりしていました。数々の軌跡がよみがえる。テレビドラマのことだけでなく、そのときどきの周囲の人々の言葉や口調までもが思い出されてくるのです。

遠く離れた時間や人であろうとも、いまここにいるかのように感じてしまう。そしてなぜだか自分もその歌々をくちずさんでみたくなる(カラオケで歌いたくなったりもするのです)。不思議です。

歌は、歌だけの記憶を呼び起こすのではなく、周囲の出来事、物事、人との軌跡までもを思い出させてくれる。

歌には、不思議な力がある。

歌は、軌跡をよみがえらせる魔法の恵み。

そう思いました。

生きている僕らは歌をわすれずにいれば、それによって人々の軌跡をたどったり思い起こすことができるのだ、とも思いました。奇跡の軌跡へのパスポート。

LOVE LOVE LOVE/DREAMS COME TRUE
(95年「愛していると言ってくれ」主題歌 )

PRIDE/今井美樹
(96年「ドク」主題歌)

Time goes by/Every Little Thing
(98年「甘い結婚」主題歌)

世界中の誰よりきっと/中山美穂&WANDS
(92年「誰かが彼女を愛してる」主題歌)

EVERYTHING / MISIA
(00年「やまとなでしこ」主題歌)

君がいるだけで/米米CLUB
(92年「素顔のままで」主題歌)

TRUE LOVE/藤井フミヤ
(93年「あすなろ白書」主題歌)

幸せな結末/大滝詠一
(97年「ラブ ジェネレーション」主題歌)

LA・LA・LA LOVE SONG/久保田利伸 with ナオミ・キャンベル
(96年「ロングバケーション」主題歌)

サボテンの花 <“ひとつ屋根の下”より>/財津和夫
(93年「ひとつ屋根の下」主題歌)

ラブ ストーリーは突然に/小田和正
(91年「東京ラブストーリー」主題歌)

SAY YES/CHAGE and ASKA
(91年「101回目のプロポーズ」主題歌)
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by k_hankichi | 2009-09-22 00:09 | ポップス | Trackback | Comments(0)

「黒白の境界線」

南英男さんという作家の、この題名の小説を読みました。徳間文庫。友人が出先で読む本が無くなってしまい、何となく購入して読み始めたら家に帰っても止まらず、夜に一気に読んでしまった、と漏らしていたもの。

僕の場合もそれに近い。日帰り温泉に行ったものの、お湯につかるのもそこそこに、休憩室で一気に読破。(本当は、温泉に浸かりながら本を読みたいなあと思いながら、[私生活では]ガサツな性格ゆえに本がグタグタドボドボになってしまうだろうことが自明・・・。)

”まっとうに働く意味はあるのか・・・・警察を抜けた狼”

本の帯に載っているこの言葉が心をくすぐる。会社勤めのわれわれがまっとうに働く意味はあるのか?と問われているように感じる。ハードボイルド系のサスペンスものですが、元SAT隊員の深見が、医療ミス事件にたいしてその裏にうごめく利権や組織に挑み、悪から金を取り戻す(というか巻き上げるに近いけど)、というストーリー。

話の筋がちょっと強引、というようなところもありちょっと焦りますが(たとえば一国の政党ビルが一挙に爆破されるとか、ヤクザや強盗に挑まれても不死身に近い強靭さを発揮するとか)、それでも読み進めさせてしまうのは、この人が読み手の心境や時間感覚を熟知しているからなのでしょう。織り込まれるお色気シーンもなんだか凄く、とにかくもその描写には感心し、もっと知りたいと気持ちも昂ぶる。

ハードボイルド系はほとんど読んでいませんでしたが、アクション映画を見ているような気持ちになることわかりました(現実との差をわきまえておかないといけないけども)。

片岡さんの本もこの本もそうですが、この秋は自分のこれまでの幅や殻を、そしてこの本の題名にある「境界線」を超えて、新たな領域にもっともっと踏み出そう。

P.S.
風呂に浸かりながら、簡単に本が読める器具や装置が出来たとすれば、それは日常生活面でのノーベル賞ものだと思う。出先に持っていくことができればなおさらである。そういうグッズってどこかにないだろうか?

黒白の境界線 (徳間文庫)

南 英男 / 徳間書店


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by k_hankichi | 2009-09-21 07:42 | | Trackback | Comments(0)

リセットの時間

やすみに入りました。

こういうときには、まどろむ時間を持ちたい。

仕事を離れ、本来の自分らの精神を取り戻し、心も身体も解放されたい。

「リセットする」ということ。そういうことは大切です。

本を読むでも、何をするでもよい。好きなものごとにあたり、いつのまにか時間が経っていることに驚くようなことがあってもよい。

そうゆうことを経ることで、蚕(かいこ)が糸を紡ぐように、僕らは自分らの世界を取り戻していく。

もともと持っていた快活な精神を取り戻し、リセットしていくのです。

じぶんが自分であるようにリセットすること、そういう時間をもてることは、とても大切に思うのです。

この週末の連休は、そうやってやわらかになっていく自分を眺めていきたい。
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by k_hankichi | 2009-09-19 22:21 | 一般 | Trackback | Comments(2)

「青年の完璧な幸福」

片岡義男さんの本を連続して読んでいます。

彼は小説でも映画でも、1970年代から80年代にかけて、やけにもてはやされていただけに、僕は逆にそういう流行りものを敬遠して、ほとんどまともに読んだことがありませんでした。しかし、先日もすこし紹介した、「本を読む人」(太田出版)を読んでたいそう感心してから、無性にこのひとを理解したくてしかたがなくなったのです。

今日は「青年の完璧な幸福」(スイッチ・パブリッシング社刊)を読了。2007年の本ですが、出たら直ぐにでも読みたい類の、素晴らしい短編集でした。

なにがよいのか?

会話が、非常に気が利いていてよい。テンポがよいし、その会話の間に、いろいろな心の動きがあること、そして、頭のなかで考えや気持ちが言葉に書き尽くせないくらい早く展開されていることが上手に表現されているところにとても感心するのです。いろいろな物事の連関性や、つながりが、異なった事象で置き換えられたり、そして別のロジックで置き換えられりしながら、全体のなかでの位置づけがわかるようになる、そういう感じです。

『アイスキャンディは小説になるか』
『美しき他者』
『かつて酒場にいた女』
『三丁目に食堂がある』

これは短編の題名なのですが、それだけでも洒落た、小粋なものだと思うのです。そして、中身もそうなのです。

思ったこと。

この人は最後の結びの言葉まで周到に考えながら、そしてそこに向うかのようにプロットを展開し、そして見事に書き切っている。

たとえばこんな終わり方。

”だから村瀬の笑顔は、深まりつつなおも続き、それに対して由紀子は、
「そんなに楽しそうなのは、なぜなの?」
と訊くこととなった。”

これが上記のなかのひとつの短編の終わり方なのです。

片岡義男 短編小説集「青年の完璧な幸福」 (SWITCH LIBRARY)

片岡 義男 / スイッチパブリッシング


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by k_hankichi | 2009-09-19 00:30 | | Trackback | Comments(0)

ついに、ゴーギャン展

先週は、待ちに待ったゴーギャン展を見に行きました。ボストン美術館が初めて館外に貸し出した「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」も展示されています。

やはりタヒチの絵が圧巻でした。

タヒチの風景のなかに佇む土地女の色香とともに、その周りの草木の葉がさざめき擦れる音、犬の吐息、虫の音が聴こえてきました。

低い姿勢で(しゃがんで)じっとこちらをじっと見つめる二人の女もいます。密やかに囁く声が聴こえてきました。

ゴーギャンの絵からは音が、自然のざわめきが聞こえるんだ。このことには驚きました。

その音や囁き声は、じっとみつめていればいるほど気持ちが身体から遊離して、あちらの世界に入り込む感じがします。そしてあちらの世界の出来事が良く心に伝わる。じーんとした感じがしてくる。

あの大作のほかにも沢山の心打つ作品。「エ・アレ・オエ・イ・ヒア(どこへ行くの?)」、 「テ・パペ・ナヴェ・ナヴェ(おいしい水)」、「小屋の前の犬、タヒチ」、そして、暗くて沈鬱でしかし確実な「ノアノア」連作版画。

この初体験は感動ものでした。いつまでもこのことは深くしずかに記憶しつづけることでしょう。
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by k_hankichi | 2009-09-17 09:11 | 美術 | Trackback | Comments(0)

片岡さん続報

「彼女と語るために僕が選んだ7つの小説」
片岡義男、新潮社刊

米国小説を題材に、どのように生きるということの意味を考えているのか、ということを淡々と語っているエッセイ風の本です。

次の文章が心に残りました。

アメリカの社会は大人中心の社会だとしており、その中で生きる意味についてです。

「自分は絶対に自分でなくてはならず、ほかのどの人とも大きく異なっていなければ存在する理由がないのですから、自分であり続ける自分を支えるための、もっとも中心となる核のようなものを、さらにしっかりと、強固に、求心力を強めて、彼は形成するのです。」

さらに次の一文も、ああ、そうかなあと妙に腑に落ちてしまいました。

「日本の通念からすると、扱いにくいやっかいな人になることが、アメリカでは、肯定されるべき個人的な成長なのです。」

片岡さんは、米国文化というのは、成長しないかぎり自分の居場所のない文化だ、とも言っています。

僕は思いました。

我々がいま籍を置いているビジネスの社会も、これはいってみればアメリカ流の文化ですから、そういう意味では、”成長しない限り自分の会社の存在意義がなく、また、自分自身も成長しない限り会社のなかでの意義がない”

と、言うべきものなのだろうな、と。

成功しようとしている、また、成功している米国人であれば、もっともっとそのように考えているのだろうな、とも思いました。

片岡さんのエッセイ、ほかにも読み始めていますが、小説から想像する彼のイメージとは全く異なることに驚かされます。世の中を鋭く深く見据え洞察される人なのです。

彼女と語るために僕が選んだ7つの小説

片岡 義男 / 新潮社


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by k_hankichi | 2009-09-11 07:38 | | Trackback | Comments(0)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち