カテゴリ:映画( 213 )

最大の賛辞を送りたいと思った。2016年の映画第1位としたキネマ旬報と、その映画に関わったすべての人たちに。そして目を見張るほどに素晴らしかった主演声優の「のん」に。

『この世界の片隅に』である。→http://konosekai.jp/

筋書きを知らないなかで見始めたが、それは予想していた内容とは随分と異なった。お涙頂戴型の悲劇ではなく、しかし、淡々と戦前~戦後の日常(それは平穏から非凡、戒厳、超絶的な破壊と殺戮そして解脱へ)が描かれていく。

それぞれのシーンのアニメーションのタッチは柔らかくて優しい。昨年一世を風靡した実写的なアニメ映画作品とは全く次元が異なっていた。感性的な、とでもいおうか。

そして更に驚いたのは、その情景を支える音楽だ。おそらくシーンごとに、視聴者には敢えて気づかれないように配慮されている。とりわけ美しかったのは戦禍の悲劇の場面で、それは単純な演歌的短調ではなく、それを超えたら全てが瓦解するだろう寸前の脆い不協和音だった。

そのままいけば崩れ落ちるぎりぎりの瀬戸際の音階というものが、こんなに美しいものだということは、アルバン・ベルクやアントン・ヴェーベルンのピアノ曲を初めて聴いた時以来のように思う。
 



■Anton Webern in Stettin, October 1912, From Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1137036
c0193136_19080691.jpg
  

[PR]
by k_hankichi | 2017-01-21 16:06 | 映画 | Trackback | Comments(2)
友人から、『第三の男』の最後のシーンの解釈は、このようにもあるよ、と教えてもらった。松岡正剛さんのブログの言葉だ。→http://1000ya.isis.ne.jp/0844.html

次のようにしるされていた。そして、僕は不覚にも、男と女の愛というものが、いかなる罪悪をも超えるほどの強さをもっている、ということを忘れていたことに気付いた。「物語というものは常に勧善懲悪」という訳ではないのだ。

 決定的な違いは有名なラストシーンに劇的に集約された。原作では、警部とともにハリーの埋葬を終えたアンナが誰にも挨拶せずに並木道を歩き始めると、警部に車を勧められたマーティンズがこれを断ってアンナを追い、やがて二人が肩を並べて歩きだす。「彼は一言も話しかけなかったようだった。物語の終わりのように見えていたが、私(警部)の視野から消える前に、彼女の手は彼の腕に通された」というふうに終わっている。
 ところが、よく知られているように、映画では警部とともにマーティンズを乗せた車が、いったん冬枯れの並木道のアンナを追い越し、しばらくしてマーティンズが降りる。カメラが並木道をまっすぐに映し出すと、遠くにアンナが見える。マーティンズが道端でそれを待っているあいだ、カメラはしだいに近づくアンナと舞い散る枯れ葉を撮りつづけているのだが、マーティンズの傍らを過ぎるアンナは一瞥もくれずにそのままカメラに向かって歩いていって、そこでチターがジャランと鳴って、幕切れなのである。
グリーンはこのラストシーンの変更を、「これはリードのみごとな勝ちだった」と脱帽した。

c0193136_19491237.gif



[PR]
by k_hankichi | 2017-01-12 00:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)
年末年始のMXテレビの録画で実は初めて『第三の男』を観た。

言わずもがなの作品で、キャロル・リード監督の名作だ。そして「第二次世界大戦直後のウィーンを舞台にしたフィルム・ノワール」、とも書かれている。

映像美は素晴らしく、主題音楽のすばらしさと相まって、陶酔しそうになる。

ところがストーリーはとんでもない。

ペニシリンを薄めて横流しする男が、その犯罪を煙に巻き、如何に当局から姿を眩ますかということに対して、それを知らずに彼を訪れた善良なアメリカの友人が当惑し、やがて対峙する、というもの。横流しが単に金稼ぎだけであれば世間に害は少ないが、薄めた薬が老若男女が新たな病気になって苦しむことを生み出している。

女は愛する人が犯罪者であるにも関わらず、それに対して知らぬふりをしようとしていくわけで、それを放置するわけにはいかないのが普通だ。

墓地から続くウイーンの並木道のラストシーンで、女が正義の男の横を一瞥もせずに歩き去ることが哀愁もたらす、ということになっているのかもしれないが、ストーリーを良く追ってみれば、その女もソビエトに送られていてしかるべきで、男の前を三顧の礼を以て立ち止まるべきだろう。

邪知暴虐を治めた、この第四の男をもっと讃えるべきではないかと思った。


c0193136_21554946.jpg
From https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=2869806

[PR]
by k_hankichi | 2017-01-11 06:52 | 映画 | Trackback | Comments(3)

誘い文句に負けた日

「人間の真の価値とは何かを問う、ラグジュアリー・サスペンス イタリア・アカデミー賞(ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞)7部門受賞」と書いてあれば、そりゃ凄そうだと足を運んでしまうものだ。作品賞、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞、脚本賞、編集賞、録音賞。

その『人間の値打ち』(Il capitale umano, 2013年、イタリア)を神奈川の二番館で観終えて、嘗て燦然と輝いたイタリア映画の威光はどこにいったのだろう、と思った。

舞台は北イタリアの富豪のベルナスキ家。広大な敷地と御殿。その間にうごめく人間たちの欲望を描いた作品なのだが、あまりにも人間関係が薄っぺらだ。イタリア人はこんなものになってしまったのか。

あるじのジョバンニ・ベルナスキは富を保つ欲望。
ジョバンニの妻・カルラは、嘗ての舞台女優の栄光を取り戻す欲望。
彼らと親交を持てたと考えている不動産業を営むディーノ・オッソラは、富を得る欲望。
その恋人ロベルタは、子供を得る欲望。
オッソラの娘セレーナは、真の愛を得る欲望。
そして、セレーナが愛するようになるルカ・アンブロジーニは、人間として認められたい欲望。

或る夜に起きた自動車によるひき逃げ事件をきっかけに、彼らの欲望の渦がそれぞれの欲望を暴く方向に動いていく。

映画はつまらなかったけれど、金持ちというものはどういう思考をするものなのか、ということだけは分かった。

■映画トレイラー →
c0193136_19444781.jpg
    
[PR]
by k_hankichi | 2017-01-09 00:39 | 映画 | Trackback | Comments(3)
東京MXテレビの年末年始の映画放映は想像以上に豪華だった。なかでも感銘したのは『オーケストラ!』。

2010年に劇場で観たときに、感涙しむせび泣いたが、自宅で観ても同じようにそのようになってしまった。

この作品の中ではいくつかの名曲が演奏されるが、特筆すべきはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ニ長調 作品35)が使われていること。

ヴァイオリン協奏曲のLPやCDでのカップリングで、メン・チャイ(メンデルスゾーンとチャイコフスキー)と呼ばれていささか軽く観られてしまいがちなこの曲なのだけれど、この映画を観るだけで、その真髄を掴む(おそらくしっかりと)ことができる。

http://hankichi.exblog.jp/14286086/
http://hankichi.exblog.jp/14355305/

c0193136_07021229.jpg


[PR]
by k_hankichi | 2017-01-04 00:18 | 映画 | Trackback | Comments(4)
話題の映画を出張中の機内でようやっと観た。『君の名は』(新海誠監督)→http://www.kiminona.com/index.html

噂に違わず素晴らしかった、と書くべきところなのだろうけれども、「なあるほど」というような感じの印象で、コミックの延長線というようなものなのかなあ、と感慨を持った。

男の子と女の子が時空を超えて入れ替わり、それをもとに自分自身を客観的に見るという視座が生まれてくる。自分がどのような気持ちを持っていようとも、周囲は外見でもって自分に接していく。すこしの違和感が有りはすれども、周囲はそれまでの延長線上に当然あるのだという前提で彼に彼女に接していく。

入れ替わることを通じて、自分には無いもの、自分には無い気持ち、自分には無い考え方、というものを知ることになり、そして入れ替わった先の存在に惹かれていく。

肩肘張らずにストーリー展開そのものを楽しむべき作品なのだろうけれど、そうならず、結局僕は、この結末のあとの展開はどうなるだろう、ということをあれこれと考え始めていた。

■上海の朝。新・旧市街の対比のなかに急発展の歴史とその緩和へのバランスが見える。
c0193136_07240574.jpg
■映画トレイラー →https://youtu.be/3KR8_igDs1Y
 

[PR]
by k_hankichi | 2016-12-17 08:49 | 映画 | Trackback | Comments(0)
新宿に出掛けて映画『ヒッチコック/トリュフォー』の封切りを観た。このところドキュメンタリー作品ばかりだが、この作品も良かった。→http://hitchcocktruffaut-movie.com/

トリュフォーが著した『定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー』がもとになっている。それを書いた際の二人の対談の録音と写真がとても上手く使われている。

それぞれの話題に対して説明すべく、ヒッチコックの数々の作品からの映像が挟みこまれる。ぐぐいっと引き込まれてていく。

さらに驚かすのが、世界の著名な映画監督のインタビューの数々だ。マーティン・スコセッシのマニア度高いコメントは最高。僕らは監督たちを通じてヒッチコックを様々な視点から再発見する。

『サイコ』や『めまい』を直ぐにでも観返したくなった。なんとも贅沢なドキュメンタリーだった。

c0193136_12204339.jpg

[PR]
by k_hankichi | 2016-12-10 12:13 | 映画 | Trackback | Comments(2)
またもドキュメンタリー映画を観た。『イングリッド・バーグマン 愛に生きた女優』(原題:Jag ar Ingrid、2015年)。於:神奈川の三番館。イングリッド・バーグマン生誕100周年記念作品だそうだ。→http://ingridbergman.jp/

彼女の映画をこれまでどれだけ観たのか、と尋ねられると困ったことになるなあと、この作品を観ながら思った。それほどまでに彼女は幅広い領域で出演している。

彼女が晩年に出演したのが『秋のソナタ』(監督:イングマル・ベルイマン)で、その映画を学生時代に観たときのことが微かに蘇った。渇きと湿り気とが交錯した、とても不思議なものだったと思う。

あのとき娘役をやっていたのがリヴ・ウルマンで、その人がこのドキュメンタリーにおいても溌剌としてその頃のことを語ったり、僕の苦手なシガニー・ウィーバーまでもがバーグマンに接してもらった際の温かさを褒めはやし、バーグマンのスクリーンの上ではない場での姿を知るだけでも面白かった。

それにしても、波乱万丈の人生を送った大女優が人を惹きつけ続けた理由は、美しさだけではないのだということを垣間見て、再び彼女の作品を振り返って見ていきたいとつくづく思った。

見たい作品が増えすぎて困るこのごろだ。

■スタッフ
監督:スティーグ・ビョークマン
製作:スティーナ・ガーデル
音楽:マイケル・ナイマン
■キャスト
イングリッド・バーグマン
イザベラ・ロッセリーニ
イングリッド・ロッセリーニ
ロベルト・ロッセリーニ
フィオレラ・マリアーニ
リブ・ウルマン
シガニー・ウィーバー
ジャニーン・ベイシンガー
■製作
2015年、スウェーデン

c0193136_18270814.jpg

■映画トレイラー →https://youtu.be/XiuxBq0Sb2w
 
[PR]
by k_hankichi | 2016-11-21 00:17 | 映画 | Trackback | Comments(2)
石原慎太郎の書いた『天才』のなかで何度か出てくるのは、若いころにした恋愛のこと。次のように書かれている。

“あれはまだ若い頃、確か柏崎の映画館で見た『心の旅路』という題名のアメリカ映画だった。あの懐かしい電話交換手の三番クンと一緒だった。話の筋書きは、ロナルド・コールマンの扮する男が大戦の最中に被った砲撃のショックで傷つき、自分の名前すら含めてすべての記憶を喪失してしまう。男は俺の大好きな女優のグリア・ガースンの扮する女性と出会い・・・(中略)・・・病に倒れてから床の中で何をする術もなしに昔見た懐かしい映画のいろいろなシーンを思い出していたものだが、中でもあの『心の旅路』の中であの男の奇跡の復活をなどとなく思い浮かべ、我が身に置き換えて俺自身の復帰を何度夢見たことか。しかしあの男に起こった奇跡がこの俺に訪れることはありはしなかった。”

この映画『心の旅路』(原題:Random Harvest)を観たくてDVDを探していたら、何と神保町の本屋の棚に並んでいた。それも390円。目を疑いながら、そそくさと買い求めて、ようやっと観終えた。

これは角栄さんが推すように、本当に素晴らしい作品で、僕の心の琴線をビビンと鳴らし、唸らせた。結末がどのようになるのか予想もしているのにもかかわらず、またしても咽び泣いてしまう。

それにしても、ちょっとクラーク・ゲーブルに似ていて、しかし遥かに知的で品も色気もあり、しかしジェントルなロナルド・コールマンという俳優には参った。冒頭では記憶を失った、ちょっとうらぶれた感じもさせる負傷兵だった男が、女と出会いそして自らの才覚に目覚め、それとともにおっそろしくスマートな男になっていく。その様が格好良いのだ。

主演女優のグリア・ガースンも、知性と色気が適切に混じった素晴らしい人。調べたら、1941年から5年連続でアカデミー賞にノミネートされ、1942年公開の『ミニヴァー夫人』で見事受賞している。1939年の『チップス先生さようなら』がデビュー作だそうだ。

過去の名作佳作、まだまだ観ていないものばかり。この世代も照準に入れることで、楽しみがまた拓けそうだ。

■作品
監督:マーヴィン・ルロイ
脚本:クローディン・ウェスト、ジョージ・フローシェル、アーサー・ウィンペリス
原作:ジェームズ・ヒルトン
音楽:ハーバート・ストサート
出演:ロナルド・コールマン、グリア・ガースン
配給:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
製作:1942年、アメリカ

■映画トレイラー →https://youtu.be/42ZQiblzKhU

心の旅路 [DVD]

ファーストトレーディング

スコア:


[PR]
by k_hankichi | 2016-11-15 07:03 | 映画 | Trackback | Comments(2)
岩波ホールのカウンターで売っていて、『湾生回家』の感動の余韻でつい買い求めていた。『海角7号 君想う、国境の南』のDVDである。

ミュージシャンとして夢破れて故郷の台湾南部・恒春に帰ってきた阿嘉(ファン・イーチェン)は、町議会議長を務める義理の父親、洪、そして祖父の茂に見守られながら、祖父の代理での郵便配達をいやいやながら務めている。そんななか、街を活性化させようと、日本人歌手を呼んでのビーチイベントが開催されようとする。友子(田中千絵)はそんなイベントをサポートする立場になる。地元のミュージシャンも出さなくては、という掛け声と共に、阿嘉らはバンドを結成しようとするが、皆の気持ちや技量が揃わない。描かれるドタバタも面白い。阿嘉と友子は互いにぶつかり合いながら、実は惹きあっていることに気付く。

戦前の台湾と、そしてこの映画を繋ぐのがシューベルトの「野ばら」。祖父の茂は普段からこの曲を口ずさみ、そしてクライマックスでもこの曲が皆を歓声の渦に包み込んでいく。

台湾では「タイタニック」に次ぐ歴代興行成績を上げたという作品だそうで、こういう日本びいきのものを観ると、再びゆっくりとこの国を訪れたいなあ、と思った。

■作品
監督、脚本:魏徳聖(ウェイ・ダーション)
出演:范逸臣(ファン・イーチェン)、田中千絵
製作:中華民国、2008年

■映画予告編 →https://youtu.be/CYtPWXzRnAI

海角七号/君想う、国境の南 [DVD]

マクザム

スコア:


[PR]
by k_hankichi | 2016-11-14 06:50 | 映画 | Trackback | Comments(0)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち