音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

カテゴリ:社会( 96 )

天変地異に晒されて

最早梅雨はどこにあるのかと思うほどの暑い毎日。しかし朝晩は雷雨の応酬に見舞われ、自然が創りだすパワーの無尽蔵さに驚嘆する。

大量の雨は山野を切り崩し、濁流とともに生きとし生けるものを、怒濤の如く飲み込み消し去る。

雷雨はついに送電網を絶ちきり、日々の生活のなかに全く遠慮もなく切り込んでくる。

こういったときに、はっきりと僕らの社会というものが人間たちの手前勝手でもって築き上げられたことを思い知る。

思い知れども、新聞テレビなどの報道は、自然が我々に悪さをしているという論調口調で、「どうにかしてくろコノ狂った自然どもめ」「人々を飲み込んでコンチクショウ」、というようになっている。

我々は如何に傲慢にこの地球上に社会と名のつく仕掛け、インフラという名の魑魅魍魎を造っているのかを、まず最初に表明すべきで、「すみませんでした、自然さま、われわれ向こう見ずにも傲慢でした」「まず始めにこれをお詫びします」と言わなければならない。

自然の猛威に対しての謙虚さがどれだけあるのかが、これから未来の人類の存続の有り無しに懸かっている。2011.3.11だけでなく、全ての出来事はそういうことの因果応報。

神を崇めることでしか、心の救いはない。そしてそれも「救われた気がする」だけで、自然は何事をも遥かに超越する。超越し続けて何も態度を改めず、何も語ることもない。

■何事もないかのような渋谷。
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by k_hankichi | 2017-07-18 17:05 | 社会 | Trackback | Comments(4)

ペリエを飲む朝

出張に発つまえ、何を飲もうかと考えていて、あれやこれや、喧騒のような相剋から逃れたい気持ちになって、それを手に取り飲み干した。

世の中、なにが正しいのか、誰が正しいのかを証明する合戦に陥っているような気がする。

どうこう言い合っていても、世界に生きている皆は、かならず寿命というものがあって、いずれそのうちにこの世からは居なくなる運命にある、ということを忘れてはいやしまいか。

自分が正しければ相手も正しい。彼も正しければ彼女も正しい。

万物、相対的にしか存在しない。改めてそのことをみなで合意したいものだと思う。

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by k_hankichi | 2017-07-11 08:32 | 社会 | Trackback | Comments(2)

世知辛さに寒くなる夕べ

人の打算や欲望はアメーバのような黒々とした怪物だ。時々そんなことを思うようなことがらに遭遇すると、なんだか寂寥感にとりつかれる。

人はみな、自分が手掛けてきたこと、自分の手腕、自分の寄与に意味を持たせたくなるもので、しかし、そういうときに限って、周囲からみるとそれほどのものではない。

どうして拡大解釈、誇大妄想がおきるのか。

犬や猫やライオンや熊は、それぞれが自己の度量をしっている。

彼らは拡大解釈していても、少しだけつばぜりあいの闘いや絡みをしてみれば、互いに直ぐに解る。

しかし人間は違うのだ。

よくわからない。

僕も、いつまでもブツブツ言い続けないようにしなくては。


■今日の心象風景
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by k_hankichi | 2017-01-27 19:59 | 社会 | Trackback | Comments(4)
家人が帰宅途中で携帯電話を落としたと騒ぎになっていた。その保護カバーには身分証明書も入れてあり、さらに、あろうことかもう一人の家人の身分証明書まで入れていた(説明される度にここで周りから何故?と一様につっこみが入る)。代わりに入れてあげていたという、しどろもどろの返答が為される。

無くしただろうときのことは覚えていて、なんでも自転車に乗りながら少し携帯を見ていて、そのあとにカゴに載せていたカバンに電話機を投げ入れたつもりが入っていなかったのかもしれない、という。

ちゃんと入らなかったら分かるだろう、ちゃんとカバンのファスナーは閉じたのか、開け放したまま自転車でガタガタ走ったろう、落としたら分かるだろうどうしたのだ、悪用されたらただじゃすまないよと皆から詰問され、当人はますます殻に閉じ籠る。

しかたなく捜索隊の第一陣、第二陣が組まれたが、成果なく帰還した。

携帯電話の発着信を止める手続きやら散々やった挙げ句に翌朝になる。

ほうほうの体の家人は、遺失物届けを出すべく、近くの交番が開くのを見計らって訪ねた。

おずおずと口上を述べているうちに、驚くべき哉、無くしたはずの携帯電話が交番の保管庫から出されてきたということ。

余りの幸せに本人有頂天となり、辺り構わず狂喜乱舞したと、あとから聞き、なんと能天気なことかと一同呆れかえった。

しかし思った。

ここは、無くしたものが戻ってくる幸せの国なのだ、ということを。

David Lynch. Solo show PLUME OF DESIRE
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by k_hankichi | 2017-01-26 07:48 | 社会 | Trackback | Comments(2)

正当性 対 正当性

日頃、さまざまな事柄を目の当たりにしたり、また自分自身も巻き込まれたりしながら、つくづく思う。

この世の中は、「正当性 対 正当性」に終始するのだな、と。

自分の考えの優越性を示し、勝つことを追求しつづけるのが社会のなかで生きること。

勝ったら終わりではなく、また新たな挑戦者が現れ、競いあい、誇示しあい、陣地を広げ、賛同者を増やし、そして相手の考えや主張を淘汰する。

そうすれば勝ち。

かと思えばそれは一過性であり、また立場は危うくなる。

新たな覇権探求者に迎合したり、賛同の辞を述べたり、それを時代の大きな変動に伴う宿命だと権威化してみたり。

類人猿と基本的思想や行動は変わらないのだ。

「正当性 対 正当性」の競いを続けていく、そのなかにいる。

我々はずっと居続ける。

■そのことを思い吐息をつく心象風景
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by k_hankichi | 2017-01-25 06:07 | 社会 | Trackback | Comments(2)

現実の生活と太宰の言葉

「権利と義務」のことを考え続けていたら、あれ血圧が上がってきたかな、と予感を通り越して感じる。

人間の身体は心を拠り所にしている不思議さがあり、だからこんなことにも時折びっくりする。

自分がその境遇になったらどう思うかどう感じるかは予測ができないのだけれど、反面教師として、「権利だけを主張する輩にはなってはならない」と脳のなかで鐘が鳴る。

ふと、自分に対しても皆に対しても太宰治の言葉を送りたくなった。

「生まれて、すみません。」(『二十世紀旗手』より)

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■『義務』By Edmund Leighton - Art Renewal Center Museum, image 15585., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1782908
  

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by k_hankichi | 2017-01-18 08:40 | 社会 | Trackback | Comments(3)

権利と義務

仕事のなかで最近「権利の主張」と「義務の遂行」の相克にたびたび遭遇する。

その二つが競合して、それぞれにしっかりと出来ているなら、自分も相手もハッピーだ。しかし現実は違う。

その狭間に立っていると、一方が拡大解釈され、そればかりかどんどんと自己増殖までしているときがあり、あまりの無法図さに、「なに考えてるんだ、君は」「それが社会人の言うことか」と喉元から言葉が零れ落ちそうになる。

怒りを鎮めるマネジメントは、言葉に出す前に6秒待つことだ、と聞いたことを思いだし、そのようして、すこし冷静になってみる。

さすれば次第に分かってくる。

人間というものが、如何に自己中心的なる存在であるかを。

哀しい哉、人生は。

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From https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Project_Human_Rights_Logo_EN.svg



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by k_hankichi | 2017-01-17 20:27 | 社会 | Trackback | Comments(0)
保護主義的な利己的な国家になってゆくのか、と危惧をしているなかで、クリスマスシーズンにとっておきの動画が大使館から投稿された。

これは日本でいま流行っている「恋ダンス」を大使自らも加わって踊っているもので、観ているうちに、大使館、領事館の人たちが日本に注ぐ気持ちが伝わってくる。この友情にはじーんとする。

まだ棄てたものではない、と思い直した。

■恋ダンス【アメリカ大使館・領事館バージョン】 →https://youtu.be/7xuXlpvWw1I
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by k_hankichi | 2016-12-23 08:15 | 社会 | Trackback | Comments(2)

そんなに美談ではない

映画『湾生回家』のことを、まさに湾生である僕の父親に薦めたら、一刀両断に否定された。

「それは台湾の外から来た新しい為政者よりはマシだったということであるだけで、それだけのものだ。現地で生活していた日本人たちが懐かしんだのは台湾という国の風土だけであって、そこに居た台湾人たちのことを懐かしむ、ということはあるわけではない。そしてまた自分たちがしてきたことを忘れ去って美化して澄ましているているだけのことだ。自分はそのときの日本人たちのことが分かっている。そして自分も小中学生としてどのように対峙してきたかということを決して忘れてはいない。」

と突っぱねた。驚くべきことにそのときの台湾人の同年齢の子供たちに言われたという言葉「xxxxx」(僕には解せないしかし流暢な中国語の発音で)を言い放った。

涙腺が溢れるに任せた先週のことは何だったのだろうか。長い年月が経ても解決できていないものが父親の心のなかには脈々と流れていて、歴史の重みということが、こんなにもずっしりとくるのかということを初めて知った思いがした。
 
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by k_hankichi | 2016-11-19 22:48 | 社会 | Trackback | Comments(0)

逃避行をしたくなる

某国の選挙結果の事態に唖然愕然とし、開いた口の始末がつかぬまま、家に帰った。消沈したまま、このあとの日々を過ごしていくと思うだけで、遣る瀬無い気持ちで一杯だった。

リテラシーとは何か。

落胆と哀しみのなか、無関係とも言えるのだろうが、何故か頭のなかに浮かんできた言葉があった。

「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」
 
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by k_hankichi | 2016-11-10 06:57 | 社会 | Trackback | Comments(0)