カテゴリ:社会( 101 )

過去を反省し過ちを認めることから

件の吉野源三郎が引用していたゲーテの言葉、「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると、同じ関係にある。人が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たことがある」を、自分の個人的な行動や思考に当てはめて考えたりしていた。

そんなときブログ知人が、核軍縮について言及されていることを読んで、これは、国と国それぞれが、万国の人々全てにも通じると思った。

知人は次の動画を紹介してくれていた。なんと沢山の実験が為されてきたことか。

そしてまた驚愕するのは、その始めから二番目と三番目は、生きている街、生きている人々に対してのものだったことだ。

其々の点滅は一見美しく、其々の発する音は線香花火が作り出す可憐な音楽のように聞こえるのだけれど、その一つ一つは、憎悪と猜疑心を元にした悪魔が乗り移った人間たちが造り出している。

我々は対話から、そしてそれはまず、過去を反省し過ちを認める懺悔から始めなければならない。

"1945-1998" BY ISAO HASHIMOTO
→http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/

The blinking light, sound and the numbers on the world map show when, where and how many experiments each country have conducted. I created this work for the means of an interface to the people who are yet to know of the extremely grave, but present problem of the world.




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by k_hankichi | 2017-09-21 06:20 | 社会 | Trackback | Comments(2)

人間の理解力

仕事をしているなかで、ある事柄について自分がどんなに幾度も説明しても、殆ど何も理解さまされていない、ということに気付いて暗澹たる気持ちになることが良くある。頻繁にあるといってよい。

どうしてなのか。

寄せては返す波のように何度もその疑問が出てきて、そして幾度となく到達する答えがある。

「人は聞いているだけでは理解できない。」

百聞は一見に如かず、ということだ。

それが真だとしても、説明してきた或る事柄を実際に見た人でも、まだ真の意味を汲み取ることが出来ない人々もいる。

そういう事態に遭遇すると、最早、僕らは、意志疎通する、共感と同意をするということは永遠に出来ないのではないかという諦観にたどり着く。

猿や犬猫なら、自然が与えた危機感知と忌避、生存本能で、目の前の実態を敏感に、かぎ分け対応するのにも関わらず、だ。

少しばかりある知性、個々に展開していった論理が邪魔をするのか。

「人間は、聞いても見ても分からない動物なのだ。」

そう考えたくなるときが何度もある。

それでも砂に水を撒くように、今日も物事を伝え続ける。いつか魔法のように皆がすべてを理解し共有する日を夢見て。

■霧があろうとも分かりやすい(と思う)カリフォルニアの快活な世界の入り口。
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by k_hankichi | 2017-09-15 07:39 | 社会 | Trackback | Comments(2)

社会人としての教科書は

最近、自分の近くで、自己中心でしか考えていない人による、呆気に取られる事柄にたびたび遭遇する。

仕事に就いているのに、人に迷惑を掛けることを何とも思っていない行動。やるぞと決めたことをいとも簡単に放り投げて、別のことをしたり選択する行動。

仲間を仲間と思っていないのか、幾つもある人と人の「関係」のなかの一つとしか感じていないのか。

僕にはなかなか理解が出来ない。「理不尽なる我が儘」としか受け取れない。周囲はしかしあまりそれに拘泥せずに許容していたりするから、ますます頭がこんがらがる。

「君たち、社会人なんだよね、世の中の役に立とうと思って社会に出たんだよね。」

訊ねたくなる。

そんなこと言うのはやめとけ、という声がどこからか聞こえてきて、だから躊躇のまま言葉を発しない。その気持ちの遣り場、納めどころがなくて結局、意気消沈する。

養老孟司の『バカの壁』を読み、その要旨をまとめて提出し合格しないと社会人にはなれない、という仕組みにできないか。

社会人としての教科書を、この世の中に定着させたい。

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by k_hankichi | 2017-09-14 07:07 | 社会 | Trackback | Comments(3)

曇天続く秋の日々

出張で東に西に動き回るが、雨か曇天の毎日。米や野菜の出来が云々されるが、自分も含めて人々の心の生育が不安定になっているのではと感じる。

近くの国の核武装に鈍感になり、かといえば政治家の私生活のあら探しに報道を費やし、思考回路を停止させる。友人から「心配中止」という言葉を教えてもらってまさにそうだと膝を叩く。

からりと晴れ上がった空のした、遥か遠くまで見渡した思考と視座を取り戻したい。

心の不毛作がひたひたと迫ってくる初秋である。

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by k_hankichi | 2017-09-08 08:23 | 社会 | Trackback | Comments(5)

荒々しい言葉のやりとりに

どこかの国の政治をつかさどる人たちの議論を報道のなかで目の当たりにして、ただただ広い砂漠のなかに、放り出された気になった。

延々
徒労
無念
殺伐
途方
切なさ
哀しさ
情けなさ
荒廃
水掛け

もし一点の曇りがあるとしても、今朝の青空のなかに沢山に拡がる雲のような清さのひとつであってほしい。

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by k_hankichi | 2017-07-26 08:50 | 社会 | Trackback | Comments(0)

天変地異に晒されて

最早梅雨はどこにあるのかと思うほどの暑い毎日。しかし朝晩は雷雨の応酬に見舞われ、自然が創りだすパワーの無尽蔵さに驚嘆する。

大量の雨は山野を切り崩し、濁流とともに生きとし生けるものを、怒濤の如く飲み込み消し去る。

雷雨はついに送電網を絶ちきり、日々の生活のなかに全く遠慮もなく切り込んでくる。

こういったときに、はっきりと僕らの社会というものが人間たちの手前勝手でもって築き上げられたことを思い知る。

思い知れども、新聞テレビなどの報道は、自然が我々に悪さをしているという論調口調で、「どうにかしてくろコノ狂った自然どもめ」「人々を飲み込んでコンチクショウ」、というようになっている。

我々は如何に傲慢にこの地球上に社会と名のつく仕掛け、インフラという名の魑魅魍魎を造っているのかを、まず最初に表明すべきで、「すみませんでした、自然さま、われわれ向こう見ずにも傲慢でした」「まず始めにこれをお詫びします」と言わなければならない。

自然の猛威に対しての謙虚さがどれだけあるのかが、これから未来の人類の存続の有り無しに懸かっている。2011.3.11だけでなく、全ての出来事はそういうことの因果応報。

神を崇めることでしか、心の救いはない。そしてそれも「救われた気がする」だけで、自然は何事をも遥かに超越する。超越し続けて何も態度を改めず、何も語ることもない。

■何事もないかのような渋谷。
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by k_hankichi | 2017-07-18 17:05 | 社会 | Trackback | Comments(4)

ペリエを飲む朝

出張に発つまえ、何を飲もうかと考えていて、あれやこれや、喧騒のような相剋から逃れたい気持ちになって、それを手に取り飲み干した。

世の中、なにが正しいのか、誰が正しいのかを証明する合戦に陥っているような気がする。

どうこう言い合っていても、世界に生きている皆は、かならず寿命というものがあって、いずれそのうちにこの世からは居なくなる運命にある、ということを忘れてはいやしまいか。

自分が正しければ相手も正しい。彼も正しければ彼女も正しい。

万物、相対的にしか存在しない。改めてそのことをみなで合意したいものだと思う。

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by k_hankichi | 2017-07-11 08:32 | 社会 | Trackback | Comments(2)

世知辛さに寒くなる夕べ

人の打算や欲望はアメーバのような黒々とした怪物だ。時々そんなことを思うようなことがらに遭遇すると、なんだか寂寥感にとりつかれる。

人はみな、自分が手掛けてきたこと、自分の手腕、自分の寄与に意味を持たせたくなるもので、しかし、そういうときに限って、周囲からみるとそれほどのものではない。

どうして拡大解釈、誇大妄想がおきるのか。

犬や猫やライオンや熊は、それぞれが自己の度量をしっている。

彼らは拡大解釈していても、少しだけつばぜりあいの闘いや絡みをしてみれば、互いに直ぐに解る。

しかし人間は違うのだ。

よくわからない。

僕も、いつまでもブツブツ言い続けないようにしなくては。


■今日の心象風景
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by k_hankichi | 2017-01-27 19:59 | 社会 | Trackback | Comments(4)

無くしたものが戻る幸せの国

家人が帰宅途中で携帯電話を落としたと騒ぎになっていた。その保護カバーには身分証明書も入れてあり、さらに、あろうことかもう一人の家人の身分証明書まで入れていた(説明される度にここで周りから何故?と一様につっこみが入る)。代わりに入れてあげていたという、しどろもどろの返答が為される。

無くしただろうときのことは覚えていて、なんでも自転車に乗りながら少し携帯を見ていて、そのあとにカゴに載せていたカバンに電話機を投げ入れたつもりが入っていなかったのかもしれない、という。

ちゃんと入らなかったら分かるだろう、ちゃんとカバンのファスナーは閉じたのか、開け放したまま自転車でガタガタ走ったろう、落としたら分かるだろうどうしたのだ、悪用されたらただじゃすまないよと皆から詰問され、当人はますます殻に閉じ籠る。

しかたなく捜索隊の第一陣、第二陣が組まれたが、成果なく帰還した。

携帯電話の発着信を止める手続きやら散々やった挙げ句に翌朝になる。

ほうほうの体の家人は、遺失物届けを出すべく、近くの交番が開くのを見計らって訪ねた。

おずおずと口上を述べているうちに、驚くべき哉、無くしたはずの携帯電話が交番の保管庫から出されてきたということ。

余りの幸せに本人有頂天となり、辺り構わず狂喜乱舞したと、あとから聞き、なんと能天気なことかと一同呆れかえった。

しかし思った。

ここは、無くしたものが戻ってくる幸せの国なのだ、ということを。

David Lynch. Solo show PLUME OF DESIRE
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by k_hankichi | 2017-01-26 07:48 | 社会 | Trackback | Comments(2)

正当性 対 正当性

日頃、さまざまな事柄を目の当たりにしたり、また自分自身も巻き込まれたりしながら、つくづく思う。

この世の中は、「正当性 対 正当性」に終始するのだな、と。

自分の考えの優越性を示し、勝つことを追求しつづけるのが社会のなかで生きること。

勝ったら終わりではなく、また新たな挑戦者が現れ、競いあい、誇示しあい、陣地を広げ、賛同者を増やし、そして相手の考えや主張を淘汰する。

そうすれば勝ち。

かと思えばそれは一過性であり、また立場は危うくなる。

新たな覇権探求者に迎合したり、賛同の辞を述べたり、それを時代の大きな変動に伴う宿命だと権威化してみたり。

類人猿と基本的思想や行動は変わらないのだ。

「正当性 対 正当性」の競いを続けていく、そのなかにいる。

我々はずっと居続ける。

■そのことを思い吐息をつく心象風景
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by k_hankichi | 2017-01-25 06:07 | 社会 | Trackback | Comments(2)


音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


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