カテゴリ:食べ物( 99 )

自家製タバスコに恍惚

五月なのに連日28℃。今日は30℃を超えると天気予報が言っていてげんなりとする気分。それを払拭して元気をつけるべく朝からカレーライスを食ることにした。

「タバスコあるよ」

の言葉に、「うーん、そう・・・」と気のない返事をする。

「自家製だよ」

という言葉に驚いた。

「自家製?」
「そうそう、このあいだ庭に出来た唐辛子をそのまま干して、だいぶん干乾びたところで酢に浸して・・・」
「おー、垂らしてみたい」

冷蔵庫から出てきたガラスの小瓶。ん、これは一時飲み干したウイスキーの空瓶じゃあないかい。赤色が新鮮で、オレンジ掛かったマキルヘニーとはだいぶん異なる。

垂らしてみて、ルーとともにライスを食してみる。

・・・南国のブンガワンソロが聴こえてきた。

恍惚とした朝になった。


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by k_hankichi | 2017-05-20 10:21 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)
アメリカに仕事で訪れるごとに、中華系の開発センター長が連れていってくれたレストランのことを思い出した。それはベトナム料理の店で、その国の食べ物を口にしたのもそれが初めてだった。

生春巻というものを奇妙に思いながら怖々と食し、パクチーの香り高さに面食らった。肉や野菜の南方系の味付けにも陶酔し、青菜というものがこんなに旨いのだとも知ったのもあのころのだった。

ゆっくりと濾してゆくベトナムコーヒーには、もはや眩暈さえ覚えた。

そんな記憶の軌跡があったことも忘れるくらいに、今やベトナム料理はいろいろなところに在り、このゴールデンウィークの拙宅では二回もその料理になったりもした。

青いパパイヤの香るその国をいつか訪ねてみたい。

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by k_hankichi | 2017-05-11 19:36 | 食べ物 | Trackback | Comments(2)

僥倖のチョコレート

こういうチョコレートであれば、何千粒でも食べたい、と思った。家人から貰った「ロイズ 生チョコレート バランタイン17年」である。

家のなかでは、僕自身がチョコレート好きだったとは知られていないのだけれど、生まれ育った実家では、幼児の時から僕がそこに没頭していたことは常識となっている。父親はそういう息子可愛さのあまり毎日チョコレートを買って帰ってきたとあとから聞いたが、そのおかげで僕の乳歯はすべて虫歯となり欠け落ち、小学校に入るころから入れ歯のお世話になっていた。

それ以来、反面教師的にチョコレートのことは嫌いになり、それを周囲にも公言してきた。セレブレーションともいえるような2月14日は、普通の人たちが抱く淡い思いとは裏腹に、幼少期の生傷が疼く毎年だった。

そのようななかのバランタイン入りの逸品。それも17年ものが入っているので、僕にとっては世界の天地がひっくり返るほどの思い。

アダムとイブの禁断の果実というものはこういうものだったのかしらん、という思いが頭を過り、そして今後もしチョコレートを食べなければならないのであれば、もはやこれ一本に絞りたいと思うに至った。

僥倖という言葉をあまり使ってはいけないと思えども、こういうときに使わずしてどうするのかと思う気持ちは殊更に温かかった。

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by k_hankichi | 2017-02-14 07:06 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)

製造第1号の餃子たち

若き家人のうちの一人は料理好きだ。しかし餃子を作ったことはなかった。

今宵は初めてその調理を手掛けたそうで、早く帰宅出来たことから、製造過程含めて、それを目の当たりに垣間見ることができた。

少々ざっくりした刻みかたながら、味わい深く、具の野菜を仕込むときに少し塩加減がキツすぎたくらいの様相。

自分では料理が苦手なハンキチにとって、新たなる力強強い味方が加わった感がある。

ハンキチを陥落するには餃子とお酒に限る。

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by k_hankichi | 2017-01-30 20:41 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)
朝早くから東京に出ていたので久しぶりに老舗喫茶店に入った。京浜急行線・青物横丁駅にある、「カフェ・ムジカ」である。→http://www.cafe-musica.jp/index.html

過去一度だけ訪れたことがあり、その趣の昭和感に、張りつめていた気が思わず緩まったことを覚えていたが、今日もまさにそういう空気のなかに浸った。

注文したのは今日のブレンド(モカ)とモーニングのセット。いろいろと盛りだくさんに載っているさまに、僕はそれだけれ嬉しくなってしまった。

コーヒーが旨いことはもちろんのことだけれども、バターロールのサンドイッチもそれに輪をかけて旨い。サラダとデザートもあって恐れ入った。わずか150円のプラスでこの仕様であれば毎日でも訪れたいなあ。

慌ただしい年の瀬にも、月日の流れがしずかにそこにある、ということを味わった。

※付記
このお店には、トスカニーニ・ブレンドというものがあるそうで、次にはそれを味わうとともにその由来を知りたいと思った。

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■Toscanini Blend →https://youtu.be/4THoG_xD8C8
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by k_hankichi | 2016-12-27 20:45 | 食べ物 | Trackback | Comments(2)
年賀状に一日中掛かりっきりになったあと、晩酌を始める。特製ジンフィズ(3倍ほど濃い)だ。つまみは、がんもどきの含め煮。程よくクリスマス・イヴ気分になったころ、家人の作ったパエリアなどが出される。

米粒と少量のスープを合せて炒るようにして作り始めたものは、途中で野菜、魚介類が加えられ、半ば蒸されるようにして仕上がっていた。ムール貝は手に入らなかった代わりに、アサリと生きのよいイカと海老が、パプリカなど野菜とともに混ぜ込まれている。

地中海を囲んだ国々の人たちは、こういうものをキリストが生まれた時代から食べ続けてきたのかなと思いながら、その旨さをじっくりと噛みしめていた。

2016年目の祝い日に向かう夜が過ぎていった。

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by k_hankichi | 2016-12-25 12:03 | 食べ物 | Trackback | Comments(2)
お彼岸だった。昼過ぎから台所では様々な支度が行われ、晩ごはんは満韓全席のようになっていた。

その真ん中に鎮座するのが、おはぎである。「お彼岸である、皆ものども食べよ」というような趣旨の説明があり、さらに「これは主食ではないから、ごはんもしっかり食べるように」という沙汰がある。

おはぎの中身は餅米で、だからこれは主食では?という疑議が出ようとも、「否、主食に非ず、おかずなり、食べよ」という指示。

しかたなく両方を食し、彼岸に感謝を捧げる。

さて本日。

いつもの出張のため朝が早い。朝ごはんは?との問いに対して、「ごはんは昨日のおはぎを食べてね」との返事。

「ん?おはぎは、ごはんではないのでは?」

問いには答えが返ってこない。仕方がなく、件のおはぎと味噌汁で腹を満たす。

「おはぎは主食には非ず、然してごはんなり」

おはぎは変幻自在の存在と知った。

■その名残のおはぎ
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by k_hankichi | 2016-09-23 06:29 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)
知人からもらったお土産が、写真のものだった。あれ、これはどこかで見たことがあるような・・・。既視感に捉われた。

何やら戦前の日本の絵本挿絵ような図柄。どこで見たっけかなあ?

オークラプレステージ台北(大倉久和大飯店)のお菓子だった。

味わってみた。

子供のころに食べて、虜になったあの、得も言われぬ感覚。お菓子なのに大人の味がする。立派になた気分に浸る。

ヌガーだった。

調べてみたら、ブログ知人(saheiziさん)が以前、台湾を旅行をした際に撮影されていた。

台湾には、日本の古き良き時代の郷愁が残されている。

しかし美味いなあ!!

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by k_hankichi | 2016-09-07 07:20 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)

パエリア渇望

何が食べたい?と尋ねられると、答えに窮することが多い。なにしろ何でも美味しく思うからで、嫌いなものがないということが選択能力を著しく低下させる。

「記念日には」、と付け加えられると、殊更余計に難しくなる。問うものたちが、余計に答えの内容に期待するからだ。

更にその問いに、「自分たちで料理するから」、と付け加わると、もはやお手上げになる。料理人たちの能力を推定できないからで、やたら手の込んだものを指定して出来ないとなると、逆に苦しめることになりかねない。

だが語った。

「パエリア!」

直感的に頭に浮かんだ言葉をそのまま口にだしたら、2秒ほど沈黙があった。

相手は顔を見合わせながら言った。「わかった、パ、パエリアね!」

その日が来て帰宅してみると、そこはもはや戦場のよう。こちらはとるものとりあえず遠巻きにしながら、座す。座して○を待つ、と言う言葉がちらつくほど待っていると、漸く御開帳となった。

感謝の意を表し、周囲が固唾を呑んで見守るなか口に入れれば、それは然して地中海の香りがし、少しばかりサフランが足りないかしらんという気持ちが頭を掠めながら、そういう味付けの地区も南の海に下ったところにあるだろうと勝手に想像した。

遠くアンダルシアの秋の海の香りがするパエリアだった。

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by k_hankichi | 2016-08-25 07:52 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)
父親が神田の会社に勤めていたことがあり、そのころ毎週のように「きょうは登亭で鰻丼を食った、あそこの鰻の旨くてしかも安いことといったらば・・・」という話を聞かされていた。そして時折お土産に持って帰ってくれる鰻を僕ら兄弟は大変貴重な面持ちで貪り食っていた。

そんなことを思い出しながら足を運んだのは、新宿三丁目のその店の支店。朝から真夏のような暑さのなか街区を歩き回った後に踏み入れたそこは、老舗であるにもかかわらず、とことん庶民的なる風情。緊張が完全に解放され、時間の流れが止まったかのようだ。

神田のお店に本当は足を運びたかったなあと思いながら(そこはすでに閉店している)、父親が好みの、どちらかと言えばあっさりとした味付けの鰻重や鰻巻き、うざく、肝吸いなどを次々と腹に入れていく。

ビイルがそこにあることはもちろんであり、だから鰻はますます旨くなって、至福は朦朧に、朦朧は永遠に繋がっていった。

こういう満足な日には頭脳労働をしてはいけない。

それだけは分かった。

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by k_hankichi | 2016-06-11 22:27 | 食べ物 | Trackback | Comments(5)

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by はんきち