自分がなんだか聡明になったかのように感じる書に出会った。『選択の科学』(原題"The Art of Choosing"、シーナ・アイエンガー著、文芸春秋刊)。率直でありかつ事例に基づく検証考察が重ねられ明快だから、自分まで頭が良くなったかのように感じるのかもしれない。
著者はコロムビア大学ビジネススクール教授で、「選択」に関する研究を行っている。インド系アメリカ人の彼女は、幼いころ目に疾患が発見され高校に上がるころには全盲になっていたが、そういうハンディキャップを抱えながらペンシルバニア大学(ウォートン校)、スタンフォード大学で社会心理学を専攻していった。シーク教徒であるがゆえに両親や教派から、さまざまな戒律を守ること、そして服従を課せられてきた彼女は、アメリカ合衆国の共通語でもある「選択」ということの意味を、ことさら深く考えることになり、そしてそれを解明していった。この書はこういった研究を分かりやすく説明するとともに、自分とはいったい何なのだろうか、ということを客観的に知らしめてくれるようだ。
・なぜ選択には大きな力があるのか。
・選択を行う方法は、人によってどう違うのか。
・出身や生い立ちは選択を行う方法にどのような影響を与えるか。
・なぜ自分の選択に失望することが多いのか。
・選択というツールをもっとも効果的に使うには。
・選択肢が無限にあるように思われるとき、どうやって選択すればよいか。
・他人に選択をゆだねたほうがよい場合はあるか。
次のような記載は当を得ていてずきんとくる。
「人は自己像を形成し、表明するにあたって、他人にも同じ自己像を持ってもらいたいという欲求を持っていることを、この研究は示している。他人との共通項は見つけたいが、まねっこはしたくない。この欲求はあまりにも強いため、ときにわたしたちは「誤った」印象を与えないように、本心では望んでいない行動を取ることさえある。だれかと一緒にいるときのわたしたちは、愉快だが目立ちたがり屋ではなく、知的だがこれ見よがしではなく、人当たりはいいが自分の意見もしっかり持った人物として見られたいと思っている。わたしたちはみな、自分は最良の特質だけを備えていると思っているが、どうすればそれを世間にわかってもらえるだろう?」
「わたしたちは意識的にであれ、無意識にであれ、自分の人となりをできるだけ正確に見せるように、生活を組みたてる傾向にある。ライフスタイルに関する選択は、わたしたちの価値観か、少なくとも他人に自分の価値観として認識させたいものを明らかにすることが多い。」
「「完璧な自己」という彫像を引きずり下ろせば、アイデンティティが静物ではなく、動的なプロセスだということがはっきりするだろう。さまざまな決定を通して彫像を掘り、削ることが、自分自身を作る。わたしたちは選択の結果だけでなく、選択の進化を通して自分探しをする彫刻家なのだ。発想を変えて、選択が流動的なプロセスであることを受け入れれば、選択は、なりたくない自分をたたき壊す破壊の力ではなくなり、わたしたちを解き放つ、継続的な創造活動になるのだ。わたしたちはいま意味をなす選択、いま置かれている社会的状況の中で自分の必要を満たすような選択を行わなければならない。わたしたちの選択は、他社の選択といつも結びついている。そして他者の目に映る自分は、内なる想像上の完璧な自分ではなく、これまでとこれからの選択の積み重ねとしての自分なのだ。」
僕らは、自分自身の考えに過去から現在にかけて無意識なレベルで変化があって、それを他者から問われたようなときに、自然と辻褄を合せる説明をしてしまうときがあるようで、それをずばりと言い表す次のような記載にも、なるほどなあとうなづく。
「どうやらわたしたちは、過去の感情を思い出すのも、将来の自分の感情を言い当てるのと同じくらい、下手なようだ。わたしたちは自分自身が一貫性のある、分かりやすい人間だと思いたいという欲求を持っているため、自分の感情や意見について、意味のある物語を組み立てるのだ。・・・わたしたちは自分の将来の感情を予測するのも他人の感情を予測するのも基本的に同じ方法でやる。こうした予測は一見、正しいように思われても実は都合のよい作り話に過ぎない。このようにしてわたしたちは、一貫性に欠けることの多い、本当の気持ちや好みのギザギザの端を滑らかにしていく。」
そして言う。
「わたくしは自分が何者であるかを知るために、選択するのだ。」
この書は、英Financial Timesの2010 Business Book of the Yearの最終候補(6冊のshort lists)に残り、また、Amazon Best Books of 2010(Business & Investing分野の第3位)になったそうである。アメリカ合衆国の人々にも、このような良識がまだ残っているんだなあと感じ、「この国への信頼を棄てないという選択」もしてよいのかもしれないなあと思うのだった。
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