チェロの音魂に男の述懐を知る

年末に立ち寄った馴染みの中古レコード店でお目当てのものがなく、仕方なく棚を見上げながら所在無げにCDを出し入れしていた。すると「いいんですよ、無理してお買いにならなくて」とお店のかたから声を掛けられてしまった。見破られた恥ずかしさから、返事を誤魔化しながら、じゃあこれと買い求めたのはブラームスのチェロソナタ集だった。

「集」といっても一番二番の組み合わせではなく、第一番ホ短調作品38のほかには、ヴァイオリンソナタ第一番ニ長調作品78「雨の歌」とクラリネットソナタへ短調作品120-1をチェロ版にしたものがカップリングされている。

ピーター・ウィスペルウェイは少し高めのピッチで実に爽快に弾いていく。伴奏のデヤン・ラツィックも快活だ。チェロは最も人間の声域に近いと言われるけれど、「雨の歌」はまさに、降り積む雨を前にして、ああだこうだと呟きながら一筋の糸口を探り当てて明日への活力を取り戻していく男の述懐になっている。

棚からぼた餅ならぬ、棚から良音だった。

■収録: 2006.4月、Muziekcentrum Frits Phillips, Einthoven, The Netherlands
■音盤: Channel Classics CCS SA 24707

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# by k_hankichi | 2018-01-16 06:43 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

久しぶりに一気読みした小説『愛に乱暴』

久しぶりに小説を一気読みした。映画のような勢いのストーリー。各シーンの描写が映像として生々しく目に浮かんでしまい、怖いくらいだ。『愛に乱暴』(吉田修一、新潮文庫)。

夫に愛人が出来、少しづつ離れていく事態に陥る。それを容認できない妻の葛藤劇に、愛人側の葛藤が交互に挟み込まれる。彼女たちから男や周囲への発信は一方通行的で、だからそれは次の齟齬を引き起こしていく。

しかし次第に読者は気付く。一方通行なのは、どの人も同じなのだということを。主人公たちの現在は僕らの明日なのかもしれないということを。

ストーリー展開のなかで、妻はふと成瀬巳喜男の映画『流れる』を観る。話の筋とはあまり関係ない。しかし、この物哀しさと相通じるところがあるような気がする。まだ観ていない作品だけれど無性に観たくなった。

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# by k_hankichi | 2018-01-15 07:49 | | Trackback | Comments(3)

招かれるように聴いた哀悼の曲

まるっきり買った覚えがない曲がウォークマンに入っていて、まるで小説か何かの中か或いは夢の中なのかと思った。最近、夢を見ると昔の同僚や知人たちがおっかない目に遭うシーンに出くわして、さてはまたその手の話の始まりなのかとぎくりとした。

バッハのTrauer-Ode(哀悼行事用カンタータ)第198番と第78番。フィリップ・ヘレヴェウへ指揮、シャペル・ロワイヤル演奏。ペーター・コーイ、ハワード・クルーク、イングリッド・シュミットヒューゼン、チャールズ・ブレット

1. 「侯妃よ、さらに一条の光を」 (Laß, Fürstin, lass noch einen Strahl) BWV198
2. 「イエスよ、汝はわが魂を」(Jesu, der du meine Seele) BWV78

哀しみに引き入れられるその曲集は本当に鎮魂歌のようで、まさに寒い夜の帳に聴き入るに相応しかった。

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# by k_hankichi | 2018-01-14 18:52 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)

とても興味深い『ヨーロッパ人』

立ち寄った京都の古書店で見つけて買い求めたのは、『ヨーロッパ人』(ルイジ・バルジーニ、みすず書房)。著者はミラノ生まれのイタリア人で、米国の大学を出た後イタリアに戻り、新聞社の海外特派員などもしながら、反ファシズム活動に従事し戦後は政界に転じた。その豊富な経験をもとにヨーロッパ人というものを解剖・解析した書だということ。

大ぐくりにヨーロッパ人について語ったあと、イギリス人、ドイツ人、フランス人、イタリア人、オランダ人、そしてアメリカ人についてまとめていく。まだ序章の段階なのだけれども、総論なるほど、しかし現代ではまた変化しつつもあるのだよなあと思うことしきり。

“ヨーロッパには、アメリカとはまったく逆の弱点がある。ヨーロッパは、悲観的、慎重、実質的、それにケチである。まるで古い型の銀行家だ。ヨーロッパは、そうすることが明らかに必要であり、自分たちにとって利益になるときにすら、急いで事に飛びついたりしない術を身につけている。ヨーロッパは、いつもまず静観を好む。物事の複雑さをこね回して楽しむ。複雑だとわかればわかるほど結構なのだ。ヨーロッパは物事のあやを追い求める。良いことには悪い面を、悪いことには良い面をさがす。悪魔だって、描かれているほど邪悪なものでは決してないと考える。未来だって、人々が恐れるほどいやなものでは決してないといわないまでも、まずいやなものではあるまい、と考える。しかし人々が望むほど未来が素晴らしいものだとは絶対に考えない。時には、ヨーロッパは、新しい不公平を作り出すくらいなら、古くからの不公平さを守ったほうがいいと信じる。賢いのである。ヨーロッパがしばしみせる見込み違いは、実は賢さの行き過ぎの産物であることが往々である。”(「プロローグ」から)

ベルリンの壁崩壊前の、1983年の本で、いわゆる西側ヨーロッパがEC統合の成功に心昂っていたものだからなのか。

この先の解析を、現代と対比して読み解くのが楽しみだ。

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# by k_hankichi | 2018-01-13 17:13 | | Trackback | Comments(3)

この道

年初から西の地に出張している。徒然なるままに歩くと様々な街区、通り路に出遇う。意味深そうな名称の由来は分からず当惑したりもする。

北陸地方以北の北国や九州では雪模様と聞くと、果たして僕は東に戻れるのか。不安になる。

されどこの道はいつかきた道。街角に北大地の花や時計台はないけれども、無事に帰る着くことを希求する。

「この道」
この道はいつかきた道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる

あの丘はいつか見た丘
ああ そうだよ
ほら 白い時計台だよ

この道はいつかきた道
ああ そうだよ
お母さまと馬車で行ったよ

あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ
山査子の枝も垂れてる


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# by k_hankichi | 2018-01-12 08:09 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)


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