1 on 1 という言葉

「1 on 1」という言葉が経営のなかのひとつのアプローチとして流行っているらしい。人が人にのし掛かるみたいでおっかない響きだが、怖いものみたさで読んでみた。『ヤフーの1 on 1』(本間浩輔、ダイヤモンド社)。

意外にもそこで示唆される事柄は自分の弱点そのもので、想定外に呼応した。

■1 on 1では、相手に十分に話をしてもらうことが大切である。きちんと相手と向き合って話す。言葉を先取りしたり、途中で遮って自分の考えを話さない。それでは相手の学びは深まらない。1 on 1は相手のために行うものであり、自分が状況把握をするためのものではない。次の行動=問題への対処法について、相手より先に示してはならない。

■人間は、耳の痛いことばかり言われても変われない。相手本位の立場で、相手がどのようなものを目指すのかを、折にふれて思い出させたり、振り返らせたり、新たな計画をつくったりする手伝いをすること。見えたとおりに伝える、ということもフィードバックのひとつ(相手の癖、あいてのしぐさも伝えて良い)。

なかなかこの世は生き辛い。

■買い求めた「津軽びいどろ」の1 on 1。
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# by k_hankichi | 2017-05-26 06:48 | | Trackback | Comments(0)
窪美澄さんの小説は、僕にとってはいつも、少しだけ得体の知れない部分があって、その本質は何なのかが掴めぬまま薄絹を隔てて読み進める、というような状態にあった。そしてまた、その中身が分からないだけに、そこには健全なる人を妬んだり、欺こうとする気持ちが隠されてはいまいか、と疑っていた。

『やめるときも、すこやかなるときも』(集英社)は、そんな気持ちを払拭させてくれるものだった。

東京に住む家具製作人の壱晴は、とあるきっかけから桜子という広告製作会社のOLと出会う。彼らは互いに惹きあうのだけれど、深い躊躇いが双方にある。年に一度、或る時期に壱晴は声が出なくなるが、その原因の事象が二人を近づけることを阻んでいる。

惹きあう力と斥力の拮抗は、どのようにして破られるのか。

それは大切な記憶を消し去るということではなく、共に寄り添って見つめ直していく、ということのなかにあった。

読みながら考えた。これは僕らの生活のなかでも、これに近いことが公私共々にある、ということを。ふたりの人、あるいは二つの集団が向き合っているときに、一歩踏み出して相容れる関係になれないとき、どのようにして互いに融和できるようになるかということを。

この作品で初めて、僕にとっての薄絹が音もなく消え去った。そしてその中にあったものに触れることができた。それは猥雑でも猜疑でもなく、とても繊細な、砂糖菓子よりも遥かに儚く壊れやすい、横に並んで寄り添って人を愛おしむという気持ちなのだ。

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# by k_hankichi | 2017-05-25 06:27 | | Trackback | Comments(0)

合唱雑誌に興味津々

うたと合唱とオペラの雑誌「ハンナ」を知って、そのバックナンバーのひとつを取り寄せてみた(2014年11月号)。特集「いま、バッハを歌う意味」という、ちょっと誘われる見出しがあったからだ。

特集の内容は、古楽器、ピリオド奏法の意味合いなどのほか、合唱は発音をしっかり、という記載がある。生半可な取り組みではバッハを歌っていることにはならない、本腰をいれて厳しく対峙するのだということが伝わってくる。

そうやって背筋を正していたら、第九愛好家座談会というコラムがあり、題して「第九そこまで言って委員会!」。その破天荒さに頬が緩んで、ああ、そういう下世話さがあってもいいんかい?と思わず口走ってしまった。

硬軟織り交ぜた、実にマニアックな雑誌だ。


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# by k_hankichi | 2017-05-24 06:22 | | Trackback | Comments(2)
今年の太宰治賞の小説は熱帯雨林のなかに咲く月下美人、ウィジャヤクスマにまつわるものだった。『楽園』(夜釣十六、筑摩書房)。

主人公は青年であり、亡くなった彼の祖父(戦時中に憲兵をしていた)であるが、青年は祖父に遇おうとして九州の炭鉱廃村に導き寄せられる。そこは擂り鉢の底に落ち込むような地形で彼はそこから逃れられなくなる。

「砂の女」の幻影が一瞬垣間見られるそこでは、戦時中の出来事が語られてゆく。青年自身のなかにその記憶があるのだぞと諭されているうちに、自分のなかに流れる血がジャワを記憶しているように思えてくる。

摩訶不思議な世界から逃れようとすれども、なかなか戻ることができない。ようやく街に戻っても、いつのまにかすり鉢状の廃村炭鉱に足が引き寄せられている。

やがて青年は、大切に育てられているウィジャヤクスマが開花することを夢見て心惹かれてゆく。

話を読み進めていくうちに、僕自身のなかにも彼と同じ血が流れているのだということにいつの間にか気付いていく。

追憶が呼び起こす甘美のなかにほろ苦い内省が重ねられる佳作だった。

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# by k_hankichi | 2017-05-23 07:22 | | Trackback | Comments(0)
雑誌はあまり買わない。しかし知人の店が紹介されたということで、思わず買い求めた。

『ハンナ』(株式会社ハンナ刊)。歌・合唱・オペラの雑誌だ。

ページを繰っていく。ひとつひとつに驚愕する。濃いのである。歌の世界は広い。世界のどこまでも繋がる感がする。

記事は全てがこれについてのものだ。こんにゃく座のことも出ている。ちょっとおっかない。

アナログ時代の名歌手の特集もある。イタオペファンだったら堪らない。

羽生結弦のエキシビション「Notte Stella(The Swan)」の演技、音楽表現を読み解く、というコーナーもある。イル・ヴォーロというグループの歌唱らしい。各競技会でのスケーティングを比較して彼の成熟を解析する。

山田和樹が6月に振るマーラーの「千人の交響曲」についても書かれているが、交響曲についてではなく、出演する二つの合唱団の対談であるところがこの雑誌ならではのもの。お互いに真剣にライバル視している。やはりプロはちがう。

ほほえみを誘う連載記事もある。「歌い手のためのかんたんセルフケア」。歌い手が共通に悩んでいるらしい肩凝りの治し方が出ている。体操服姿の写真が妙に場違いで愉快になる。

この雑誌、今月号から月刊になるそうで、余暇がますます長くなり広がってゆく日本ならではのことか。

小学生時代に入っていた合唱団のことを思いだした。再開したい誘惑に駆られている。

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# by k_hankichi | 2017-05-22 07:09 | | Trackback | Comments(2)
『春の祭典』といえば学生時代に聴き込んだブーレーズ指揮クリーブランド管弦楽団のものと決まっていると思っていた。

だから東京フィルハーモニーが渋谷でその曲含めて演奏会をすると教わったときにも、「いえ僕は遠慮します」とやんわりと断っていた。

ところがその演奏会のチケットが、奇遇にも家人ルートで手に入り、然してままよ、と流れに任せて足を運んだ。

プログラムの後半が、件の曲。

初めて生演奏で聴いたそれは、怒髪天を突くすっばらしさ。これを生み出したアンドレア・バッティスティーニという指揮者とオーケストラの力量に、頭をひれ伏し感服した。

ピエール・モントゥーが初演したことき、大騒ぎの非難ごうごうとなったそうだけれど、渋谷のホールも、その当時の人々の気持がを推し量ることができるほどの爆発的な逸脱の沸騰エネルギー。100年以上経ても聴衆の心を惑わし煽動する音楽なのだ。

アンコールは、外山雄三編曲の『八木節』。西洋ロシヤの祭りのあとは日本の祭り。引き続きの渦に翻弄され心地良く、そのあとの酒は冴え渡った。

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# by k_hankichi | 2017-05-21 18:39 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)

自家製タバスコに恍惚

五月なのに連日28℃。今日は30℃を超えると天気予報が言っていてげんなりとする気分。それを払拭して元気をつけるべく朝からカレーライスを食ることにした。

「タバスコあるよ」

の言葉に、「うーん、そう・・・」と気のない返事をする。

「自家製だよ」

という言葉に驚いた。

「自家製?」
「そうそう、このあいだ庭に出来た唐辛子をそのまま干して、だいぶん干乾びたところで酢に浸して・・・」
「おー、垂らしてみたい」

冷蔵庫から出てきたガラスの小瓶。ん、これは一時飲み干したウイスキーの空瓶じゃあないかい。赤色が新鮮で、オレンジ掛かったマキルヘニーとはだいぶん異なる。

垂らしてみて、ルーとともにライスを食してみる。

・・・南国のブンガワンソロが聴こえてきた。

恍惚とした朝になった。


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# by k_hankichi | 2017-05-20 10:21 | 食べ物 | Trackback | Comments(3)
吉田健一の『酒談義』(中公文庫)を読んでいるが、こころがずんずんとのめり込んでいく。身体までもが持って行かれそうになる。朝から読むと心身に悪い本とはこのことで、だから早く夕方になり宵になって盃を傾けたくなる。

それほどまでに素晴らしい。


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# by k_hankichi | 2017-05-19 09:14 | | Trackback | Comments(3)
新幹線やら特急列車やらで移動すると、ときおり音声で車内アナウンスが流れてくる。最近の放送は合成なのか録音なのか、聞いただけではわからなくて、もちろんそのどちらでもよいのだけれども緊張する。

「しな」が入った語り口だからなのだ。

実に美しく、そして突然そのなかに、なに食わぬかたちで「しな」が織り交ざってくるのだ。

その余韻。

うっとりしてしまう自分に恥じるのだけれど、それはさっさと引っ込められて静寂に戻されてゆく。

次はいつ「しな」をうってくるのか・・・。待ち遠しくなり、も掻く。

夜汽車のなかで待ち望む宵である。

■丸谷才一を読みながら「しな」を聴く。
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# by k_hankichi | 2017-05-18 22:21 | | Trackback | Comments(3)

品川の広場に、心弛む

つかの間のひとときを、品川の広場で過ごした。そこは、かつては東京湾のなかにあり、明治になってから、浄水場として使われていたのだけれど、最近は公園化されまたオフィスビルに臨まれている。

つかの間の時間、そこを覗いてみれば、アイスクリームのコマーシャル撮影の半ばで、その、弛い空気に癒された。

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# by k_hankichi | 2017-05-16 22:29 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち