2017年 08月 04日 ( 1 )

ゴム管になった日

すこし気持ちが落ち着いたのでようやくこのことを書けるようになったが、今週はその中日に人間ドックを受診した。前日からの準備含めてしんどいのだけれど、今年は検査項目が一つ増えているから、なおさらきつい。

実態は「モノと化す一日」だ。

身体を、あっちから覗き、逆方向からも覗きで、考えてみれば、これはつまり自分は「一本のゴム管に過ぎない」。

管の裏/表/入り口出口の粗さや欠陥、異常成長の有無、均一性、気体・液体を入れた場合の膨らみ具合、五感センサーそれぞれの感度・性能・劣化度合い、内部を通っている各種薬液の純度やモノによってはその圧力偏差。

管にも電子機器で云うCPUに相当するものもあるのだけれど(ただし処理能力は低い)、あまりその状態についての客観的な検査は無い。気分や考えを問う、主観が入りまくる問診があるだけだ。管としては、ほんとうはその性能が気になるのだけれど、看護師や医師たちはそこに入り込むと大変なことになると分かっているのだろう、だからまるっきり近づこうとしない。ただただ物質物体の状態を調べることに専念する。

図らずも「患者様」呼ばわりされたりもするから、管としてはもしかして大切に扱われているのかしら、と思ったりもする。

いえいえ、あなたはただの管ですよ。呑気な父さん、わかりなさいよ。

隣に置いてある管も、ちょっと離れて鎮座している管も、そしてここでこうやって振り返りながら語っている管も、それぞれ具合は異なっているようだが、基本的には劣化の一途という類に漏れない。

嗚呼、ゴム管の儚さよ。劣前劣後の微差に一喜一憂する勿れ。汝、そうやって管を巻いても、しょせん単なる管なのだ。

■晴れて健全なる朝飯を食すゴム管。
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by k_hankichi | 2017-08-04 07:37 | 一般 | Trackback | Comments(2)

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