2017年 09月 25日
そういうことを知っただけで何か感銘する
“ これは木下さん(注:木下恵介監督)から伺ったことだが、吉田監督が木下組の助監督であったころ、佐田啓二さんと高峰秀子さんが主演する『喜びも悲しみも幾歳月』で、はじめて高峰さんが吉田喜重というひとと会ったとき、「驚いたわ、太宰治によく似ている。亡霊かと思ったわ」と、話されたという。高峰さんは戦後まもなく、太宰治原作の映画『グッドバイ』に主演し、生前の太宰治を知っておられたのである。
このことを私が吉田監督に、「ほんとうですか」と尋ねると、それには答えないで、「私は、太宰治の小説はセンチメンタルなので、嫌いです」と強い語調でいわれた。そして、『秋津温泉』の新子が惹かれる河本周作は、太宰治をモデルに、そのパロディーとして書かれていると聞かされた。
周作が口ずさむ、「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」という詩は、太宰治も愛唱していたという。当時、多くの文学青年は、女性と心中した太宰治に魅せられていた。『秋津温泉』における新子の死は、そうした感傷的な生き方への、吉田監督自身の批判だったことを知り、物静かに見える監督の意志の強さといったものを、私は改めて感じた。”(第十章より)
太宰に似ていると言われた吉田喜重は、東大文学部仏文科卒。文学を志していた時期があったとしても不思議ではない。そのような監督があの作家へのアンチテーゼとしての意味も込めて作品を創ったという連なりには感銘した。