小説『罪の声』は過ぎ去ったあの時代を思い出させ、そして自分のその頃の私生活が呼応してほろ苦い気持ちに浸らせた。その著者・塩田武士が、それよりも前に書いた小説が文庫本になったと知り、即座に買い求めて読了した。『雪の香り』(文春文庫)。
舞台は京都。北大路橋で出会った風間恭平と北瀬雪乃のストーリーだ。二人は十二年間の別離ののちに再会する。そしてその二年後にまた・・・。
小説は年月が前後して複雑に織り込まれるような構成で、覚えが悪い僕はふつうそれだけで閉口してしまうのだけれど、この作品はそれが却って心地よくなる。記憶が掠れてしまいそうになるぎりぎりのところで、そっと優しく触れてくれるような按配だからなのかもしれない。
この地には仕事で赴く機会が増えたので、ますます親近感が昂る。
解説をザ・ギースというお笑いコンビ(僕は知らない)の一人、尾関高文という人が書いていて、小説のヒロイン、北瀬雪乃について次のように言及している。まさに的を得ていた。その女優による演技を観て見たくなった。
“これだけみると決して関わってはいけない、情緒不安定な女性としか思えない。しかし塩田氏の世界に引き込まれた読者は、「こんな女性がいるわけない」ではなく「こんな女性がいたらいいのに」という気持ちにさせられてしまう。僕が雪乃を「満島ひかり」で脳内再生していたこ事を差し引いても、同じ思いの読者は多いのではないだろうか。”