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by はんきち

日本の文学史ではじめての事件に想う

西に向かう車中で、丸谷さんの『別れの挨拶』(集英社文庫)を読み続けた。そのなかに「幸福の文学」という章があり、それは吉田さんの『酒肴酒』を評したものだった。

曰く、“この本には、うまい料理を食べたりうまい酒を飲んだりするのが幸福だといふことが書いてある。これは日本の文学史上はじめての事件だつた。”

それよりまえの日本の文学では食べ物について、その喜びについて、これほど深く書いたものはなかったというのだ。

“たとへば吉田さんはニュー・ヨークの朝飯屋について、「卵の匂ひがする卵や、バタの匂ひがするバタの朝の食事を出」す、と書く。われわれはもうそれだけでニュー・ヨークの朝飯屋にゐてその卵とバタを味はうやうな気になり、嬉しくなる。また、冬の新潟で食べた料理について、「それから、たらば蟹といふのが、割に大きな甲羅に美しい緑色の臓物が入った蟹が出た。この臓物はうまい。蓴菜を動物質に変へたやうな味がする」と書く。この比喩は完璧で、恐ろしいくらゐ喚起力に富んでゐる。つまり早速この蟹を食べたくなる。”

なるほどなるほど、確かにあの本を読んだとき、すぐさまにその地に出掛けたり、その食べ物を食べたくなったことを思い出した。

ところで、「ニュー・ヨークの卵の匂ひがする卵や、バタの匂ひがするバタ」と聞いて、改めてその正しさを感じた。僕もその地に暮らしていたことがあって、単純な朝のそれらの食べ物の味は、世界のどこよりも旨かった。

ニュー・ヨークのマンハッタンは、酪農王国ニュー・ヨーク州の南東の外れにあり、それら農家の朝採れ品が毎日迅速に運び込まれてくるというカラクリがあるのだけれど、そういうことも吉田さんは知っていたのかもしれない。

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by k_hankichi | 2017-05-12 08:58 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2017-05-13 06:43
この引用の所良いよね。
Commented by k_hankichi at 2017-05-13 09:10
maruさん、ほんとうに吉田健一は、呑み、食べ、呑みのシーンを本当に楽しげに描写しますね。