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by はんきち

『深い河』創作日記に見える生みの苦悩

あれだけの大作家だから、中長篇小説の一つくらい、お茶の子さいさいだろうと思っていた。それが全く違うのだということが分かった。『『深い河』創作日記』(遠藤周作、講談社文芸文庫)。

日記を読んでいると、あの作品の構想のみならず、伝えようとしたいこと、登場人物に何を語らせるか、なども刻々と変遷をたどって行く。最終形を僕らは読んでいるわけだが、没になった結末があった。それは暴徒に殴られた大津が亡くなり、それを知った美津子がガンジス川に入って沐浴をするというもの。

こちらの方が良いなあ、と思いつつ、どうして遠藤はいまの結末にしたのか。

二人の愛は添い遂げられない、すれ違うことが普通なのだという、生きることへのある種の諦観や哀しさを表そうとしたのではないか、と思った。

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by k_hankichi | 2017-02-27 07:38 | | Trackback | Comments(3)
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Commented by maru33340 at 2017-02-27 08:22
小説でもドラマでも映画でも「結末をどうつけるか」は大変難しいなあ。
Commented by Oyo- at 2017-02-27 09:53 x
あ、ディープ・リヴァー読まれたのですね^^ 彼の幼児洗礼からの葛藤が晩年までこころの奥に引っかかっていられた一人の人間作品に思われました。
Commented by k_hankichi at 2017-02-27 21:13
maruさん、結末、大事ですね・・・。おようさん、はい、幼児のときに洗礼を受けたそのことについて、これほどまで、最後まで引っかかっていた。まさに真摯な生きざま。吐息が出ます。