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by はんきち

遠巻きにしてきたフィッシャー=ディースカウ

今更ながらにディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのことを、ずっと遠巻きにしてきたことに気付いた。堀江敏幸の『音の糸』(小学館)を読んでのことである。

彼のことを、堀江さんは次のように表現する。

“やや大きめの地方大学で体育学か運動生理学を教えている、アーチェリーの元欧州選手権銀メダリストに喩えたりするだろう。知性と身体能力が完璧に結びついた、すぐれてギリシア的な均衡がそこには認められるからだ。(中略)無重力空間で声を届かせてしまうくらい肺活量のありそうな胸をしたこの人と、”(「小川への微妙な感謝」より)

“外科医のメスのように皮膚を貫くさまがドイツ語を解さない者にもわかるような発声と、手術痕を残さない自然な治癒力のある言葉の響き。押し出しの強さと繊細さを共存させるのは至難のわざだがDFDとも略されるこの不世出のバリトン歌手の声は、短い曲であっても、長篇の一部として先に伸びていく感覚を残しながら確実に終わるという、ありえない余韻を残す。ステージの後ろで背中を見ながら聴いていても、届く声量が変わらないのではないかと想像させるような、全方位的に向いた声の柱がそこにはあった。”(「宇宙歴1951」より)

僕にとって、フィッシャー=ディースカウの印象はまさにそういうもので、それは「完璧」という言葉が表すものに近く、そういうものごとを前にすると圧倒されて逃げていきたくなるものだから、これまで彼の音楽を殆ど聴いてこなかったのかもしれない。

そんな彼は、シューベルトの『美しき水車小屋の娘』を何度も録音している。堀江さんは、最初の録音(1951年、25歳のときのジェラルド・ムーア伴奏)の衝撃を記載していて、それは歳を経てから何度か収録されたものよりも遥かに渋くて、しばし言葉を失うものだったという。

僕は聴くべき音楽をいくつも遠ざけてきた。この先、どれだけ聴いていくことができるのだろうか。
 

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by k_hankichi | 2017-02-16 09:05 | | Trackback | Comments(4)
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Commented by Oyo- at 2017-02-16 09:51 x
まー、堀江氏はこのような本を出されたのですね^^ 
Commented by k_hankichi at 2017-02-16 17:58
おようさん、 堀江さんとしては、初めての音楽にまつわるエッセイだそうです。深いです。
Commented by maru33340 at 2017-02-16 20:59
僕もDFDはSND(※少し苦手だ)
但し「マタイ」でのイエスは適役やね
Commented by k_hankichi at 2017-02-17 07:21
クレンペラー盤とリヒター盤ですね! うむ、耳を凝らしてまた聴きます。