『先生ったら、超弩級のロマンティストなのね。』(新潮文庫)を読んでいたら、漱石の生誕の地と終焉の地が目と鼻の先にあることを知った。なんだか凄いぞと思って地図を眺めていたら、椅子から転げ落ちそうになった。
何とその場所が、学生時代に僕の友人が住んでいた下宿屋さんのお向かいなのだ。電車が無くなると、よく泊めてもらい、夜中にマーラーだとかブラームスを聴かせてもらったことを思い出す。
さらに、漱石の『硝子戸の中』の一つのシーンも、引用されている。
「その豆腐屋について曲ると半町程先に西閑寺という寺の門が小高く見えた。赤く塗られた門の後は、深い竹藪で一面におおわれているので、中にどんなものがあるか通りからは全く見えなかったが、その奥でする朝晩の御勤の鉦の音は、今でも私の耳に残っている。ことに霧の多い秋から木枯の吹く冬へ掛けて、カンカンと鳴る西閑寺の鉦の音は何時でも私の心に悲しくて冷たい或物を叩き込むように小さい私の気分を寒くした。」
この西閑寺というのは、実は当て字で、誓閑寺が正しいらしい。地図でみてそれが友人の住んでいた正に隣にあることにも驚いた。
きっと彼も、その鐘の音を聴いたにちがいない。漱石と友人の姿が更に重なっていった。