家人から読んでいいよと言われて渡された『タックスヘイヴン』(橘玲、幻冬舎文庫)は、冷徹と沸騰のあいだのハードボイルドだった。ほんとうにこの世界は、この小説のように動いているのかもしれない、いや蠢いているのだ、と信じた。“国際金融情報小説の傑作!” と銘打たれているのは酔狂ではなさそうだ。
舞台はシンガポール、韓国、マレーシア、タイ、そして東京と、アジアのなかを目まぐるしく転々とする。僕も訪れたことがある街々が次から次へと出てきて、作家は俺のことを追跡しているの?とまで思うほどだ。
しかし物語は、なんの波風も立たないエンジニアの凡庸の世界とは異なり、金融の荒波、法の隙間、政財界の境界をまたぎながら、丁々発止と繰り広げられていく。
まだ知らぬ、そして一生縁遠い世界のことがそこにあり、映画的な、そしてときにはノスタルジーの入り混じった官能的なる世界に、低速回転していた脳が触発される。
世の中に存在する悪巧みの極地を知りたければ、この本を読まざるを得ない。それほどまでに、刺激的な作品だった。