バッハの「フーガの技法」は、長いあいだ僕を悩ませてきた。いくら聴いても皆目よう分からないのである。どこがポイントなのか、何が基準でどこが面白いのか。
アリス・アデールは優しく包み込むような繊細さで撫でてくれた。エマールは理知的な眼差しで空気を伝えてくれた。エマーソン・クァルテットは、フーガの構成が流れにあることを伝えてくれた。
だがそれでも、全体像はいくらたっても分からない。どのくらいの大きさか、深さは如何程か、そこには何が居てどのような佇まいを形成しているのか。
だから謂わばずっとその湖の周囲をぐるぐると回り歩き続けていた、とでも言う感じだった。
それが、どうだ。
大伽藍の骨組み、石積みやそこに隠された迷路、唐突な打ち釘や秘密の部屋の仕掛けまでもが、手に取るようにわかるのだ。
セルゲイ・ソコロフ。あなたの天才に驚愕している。
ただただ驚愕している昨今だ。