行ってきます、行ってまいります

子供のころから、ずっと「行ってきます」だった。それに対しては「行ってらっしゃい」だったのだけれど、それが間違えだったことに50有余年経てようやく気付いた。このあいだ読んだ『小津の魔法つかい』(中村明、明治書院)のなかでのことで、そのことがまだ尾を引いている。

小津映画の話と紐づけて著者が専門とする日本語のことが幾つか出ている。そのどれにも驚くのだった。たとえば、以下。

“故国の実態を厳正に伝えてみたにすぎず、敬意を割り引いた「行ってきます」の水準まで伝統のあいさつを値下げしたいと思っているわけではない。「行ってまいります」だから「行ってらっしゃい」と送り出すのだ。もし「行ってくる」と声をかけるのであれば「行ってこい」と応じるのが相場だ。「行ってきます」にふさわしいレベルは「行ってきなさい」程度ではないか。「行ってきます」にいちいち「行ってらっしゃい」と応じていたのでは採算がとれない。毎日子供を送りだすたびに累積赤字がふえ、そのうち敬意不均衡からあいさつ摩擦が生じるかもしれない。”(「六 時代の気品がただよう」より)

参った、たまげた、としか云いようがなかった。
 
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by k_hankichi | 2016-12-13 06:55 | | Trackback | Comments(0)

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