2016年 11月 29日
最高の音楽小説の登場・・・『蜜蜂と遠雷』
この長編は、世界5拠点でのオーディションを経たのちに、選ばれた100名が競う芳ケ江国際ピアノコンクールが舞台だ。二週間ほどの期間の出来事が、まるで大河ドラマのような起伏でもって出来上がっている。
恩田さんのピアノ音楽とコンクールに対しての造詣の深さは、ストーリー構成に大きな陰影を投げかけ、ドラマチックで且つリアルな展開に繋がっている。はらはらドキドキしながらも、どのチャプターでも感興が昂り、じわりと涙が出る。音楽小説はあまたあるけれども、そしてそれらは大抵読んではいるものの、これだけ深い聴き込みと表現をした小説家は国内外でもこれまで居なかった。あれらの作品を書いた小説家の累々(今や名だたる方々も多いが)も、必ずや舌を巻くであろう。というか、穴が有ったら入りたくなること必定である。
ピアノが自宅に無いのにも関わらず天性の音楽才能を発揮する少年、風間塵(ジン)。天才少女として音楽会にデビューし持て囃されていたが母の死で舞台から足をそむけてしまった二十歳の栄伝亜夜。そしてフランス人の父と日系ペルー人の母のもとに生まれた齢19歳のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。音楽を専攻しながらコンクールから遠ざかり、しかしピアノの熱に再度駆り立てられて、年齢制限ぎりぎりで挑戦する高島明石。これら若者たちを囲むのは、其々を育ててきた指導者たちと、鋭い審美眼(耳)を持つコンクール審査員の歴々。
彼らが生み出す音魂を表す表現は、まるでそこで聴いているかのような感覚にさせる。たとえば次のよう。
“いったいどうやってピアノを鳴らしているんだ。マサルも、プレイヤー・ピアノのごとく、少年が手を触れる前からピアノが鳴っているような錯覚に舌を巻いていた。平均律クラヴィーア。これはもう、彼の、風間塵の演奏としか言いようがない。これはこれでスタンダードになりうるのではないか。訥々と、それでいてなんとも言えぬ歓びに溢れた音。誰の演奏にも似ていない。素朴なのに官能的で、一種先導的ですらある----譜面を感じない。モーツァルトを聴いていて、そう気が付いた。まるで、今思いついて即興で演奏しているみたいだ。あの有名なフレーズも、彼がたった今生み出したフレーズがそのまま感動を呼んでいるかのよう。”(「第一次予選」より)
“凄い情報量だ。やはり亜夜のラフマニノフに圧倒されつつも、明石はそんなことを考えていた。プロとアマの音の違いは、そこに含まれる情報量の差だ。一音一音にぎっしりと哲学や世界観のようなものが詰めこまれ、なおかつみずみずしい。それらは固まっているのではなく、常に音の水面下ではマグマのように熱く流動的な想念が鼓動している。音楽それ自体が有機体のように「生きて」いる。彼女の演奏を聴いていると、遥かな高みから睥睨する高次の存在を感じてしまう。彼女自身がピアノを媒介とした、巫女か依代のようなのだ。彼女を使って誰かが「弾いて」いる---そんな気すらしてくる。”(「第二次予選」より)
“練習するたびにマサルは痛感した。シンプルな曲なので、すぐに弾けてしまうし、美しくキャッチーなメロディなので、甘く弾こうとすればいくらでも弾ける。しかし、「甘さ」というのは「ダサさ」や「自意識過剰(”ピアニストの自意識ダダ漏れ”っていうのはうまい表現だ)」と限りなく近いところにあるのだ。その匙加減が難しく、歌いすぎたり、逆にそっけなくなったり、となかなか彼の納得する正解が見えない。(中略)この「五つのロマンティックな小品」(注:シベリウス)を弾いていると、エレガントで真っ白で、精緻な模様が編まれたレースを思い浮かべる。真っ白なレースのさざなみが、静かに渚に打ち寄せるさまを見る。”(「第三次予選」より)
この小説の面白さは、以上のような例に示すような表現ばかりではない。ピアニストたちが選ぶ、第一次~第三次の予選でのピアノ独奏曲、そして本選のピアノ協奏曲についても凄い。もちろん恩田さんの設計なのだけれど、登場人物の個性をまさに的確に表しているかのような組み合わせなのだ。クラシック音楽ファンであれば、ぐうの音も出ない、まさに参りました、と感嘆してしまう。
それらの曲目リストを記載してしまいたいのを我慢しつつ、沢山のひとたちに楽しんでもらいたい、この世界に吸い込まれ、たゆたうように感動に浸ってほしいと思った。
■読後の本の様子(付箋だらけになってしまう)
■新聞広告
恩田陸の音楽小説(?)。 新人ピアニストの登竜門として知られる国際コンクールが舞台。異なる立場、異なる思惑、異なる才能を持ったコンテスタント男女4人、それぞれの挑戦を描 ...... more
maru殿はどうしていらっしゃるのかしら・・・心配です(
>_<)
maru殿は大丈夫。元気です。
キャラクターと展開は良い意味で少女漫画ですね。
天才ゴロゴロ出てくるし、おまけにみんな美男美女。
きちんと習ったことはなくピアノも持っていないのに、
誰にも真似できない演奏をする風間塵(おまけに美少年、しかも15歳!)なんて、もろマンガです。
しかし「音楽芸術の本質と意義」という、いくらでも難しく書けるテーマを、
読みやすい平易な文章で楽しく面白く描く力量の凄さ!
競争相手であるコンテスタントたちが争うのではなく、互いの演奏を聴いて高め合ってゆく様子も感動的。
現実はこんな綺麗ごとではないのでしょうが、ここで描かれるのは美しく輝く音楽の理想郷なのでしょう。