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by はんきち

絶対矛盾的自己同一、に感銘する

東に西にの出張の途中で読了。『月日の残像』(山田太一、新潮文庫)。

山田さんが脚本を書くドラマは、学生時代からとても好きだったのだけれど、この人がこんなに素晴らしいエッセイを書くのだということを、遅ればせながら初めて知り、そういう無知な自分のことがとても恥ずかしくなった。

どの小篇からも、この人の謙虚で実直で、そして美しさというものへの研ぎ澄まされた感受性が香ってくる。そしてそういうものに憧れ続けるこの人の若者のような心にも感銘する。一篇一篇読み終わるたびに、吐息が美しくなっていくような気持ちになった。


そんななかの一篇に、「絶対矛盾的自己同一」がある。最後が次のように終わる。

“いつだったかは忘れたが、急にあの「絶対矛盾的自己同一」って、どういう意味なんだと昔の言葉が甦ったのである。そうなんだ、と思った。矛盾していいことってことなんだ、キャラクターに矛盾があってもいい、物語に一貫性がなくてもいい、いや矛盾はなければいけない、人物は矛盾しはみ出すものがなければいけない、それらを豊かに包合して一個の生命体であるような映画をつくれといってるんだ、と西田さんの本は一行も読んでいないのだから無茶苦茶なのであるが、これは詩だ、この一行で十分と、勝手ながら教訓を得た気持になった。酔っぱらって小姑みたいな批評は口にすまいと、そのくらいはいくらか守れるようになったが、肝心の私独自の生命体は、一向にうまれて来ない。”

小津安二郎の映画『秋刀魚の味』のラストシーンで、娘の結婚式から帰った父親(笠智衆演じる)が、いつものバーに寄り道する。礼服を着た笠を前にして、ママ(岸田今日子演じる)が「今日はどちらのおかえり?お葬式ですか?」と聞き、笠が「まあ、そんなもんだ」と答えるシーンについて、山田太一は一度は、そういうことをしっかり者のママさんに言わせてはいけない、としたあとでの言葉だ。

僕ら自身も、こういうものなのだ。人間というのは、そういうものなのだ。小津さんと野田(高梧)さんは、そこまで考えていたのだろうと、僕は思った。

 

月日の残像 (新潮文庫)

山田 太一 / 新潮社

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by k_hankichi | 2016-09-16 06:45 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2016-09-16 07:23
山田太一のエッセイは良いね。
この人の徹底したペシミズムにどこか救われるような気がするのだ。
Commented by k_hankichi at 2016-09-16 07:59
maruさん、はい、救われる気持ちがします。