何が食べたい?と尋ねられると、答えに窮することが多い。なにしろ何でも美味しく思うからで、嫌いなものがないということが選択能力を著しく低下させる。
「記念日には」、と付け加えられると、殊更余計に難しくなる。問うものたちが、余計に答えの内容に期待するからだ。
更にその問いに、「自分たちで料理するから」、と付け加わると、もはやお手上げになる。料理人たちの能力を推定できないからで、やたら手の込んだものを指定して出来ないとなると、逆に苦しめることになりかねない。
だが語った。
「パエリア!」
直感的に頭に浮かんだ言葉をそのまま口にだしたら、2秒ほど沈黙があった。
相手は顔を見合わせながら言った。「わかった、パ、パエリアね!」
その日が来て帰宅してみると、そこはもはや戦場のよう。こちらはとるものとりあえず遠巻きにしながら、座す。座して○を待つ、と言う言葉がちらつくほど待っていると、漸く御開帳となった。
感謝の意を表し、周囲が固唾を呑んで見守るなか口に入れれば、それは然して地中海の香りがし、少しばかりサフランが足りないかしらんという気持ちが頭を掠めながら、そういう味付けの地区も南の海に下ったところにあるだろうと勝手に想像した。
遠くアンダルシアの秋の海の香りがするパエリアだった。