『沖縄ノート』から

僕らは日々、苦手なものから自分を遠ざけようとしている。沖縄問題はまさにそうだ。そして大江さんの本を読めば読むほど、やり場のない、どうしようもない、ヒトとして何もしていない罪悪感に苛まれる。しかし大江さんによれば、そういう、まだ実際に自分がどのような罪をもっているのかということを分からないままに罪悪を感じるということは、その人間に満足を与える綺麗ごとだという。

“やはり日本人とはこのような人間なのだ、というくらい底なしの渦巻きを、自分のなかにひきおこすようにしてしか、認識しえない存在である。アイヒマンの処刑とドイツの青年たちの罪障感との相関についてハンナ・アーレントがいっているように、実際はなにも悪いことをしていないときに罪責を感じるということは、その人間に満足を与える、きれいごとだ。しかし本当に罪責を認めて、そのうえで悔いることは、苦しく気のめいる行為である。沖縄とそこに住む人々への罪障感にも、その二種がある。いったん自分の日本人としての本質にかかわった実際の罪責を見出すまで、沖縄とそこに住む人々にむかってつき進んだあと、われわれが自分のなかに認める、暗い底なしの渦巻きは、気のめいる苦しいものだ。僕がここでのべようとすることは、そもそもの、日本が沖縄に属する、という命題によって、ざらざらした掌で逆なでされたような異和感を一般的な日本人が持つとすれば、その感覚に直接根差ざしている。”(「Ⅳ 内なる琉球処分」より)

いま、世の中にはさまざまな出来事が起きている。昨日の神奈川県の事件もそうだ。事件を遠巻きにしながら、評論家のような物言いをしてしまいがちな自分ら。目の前に広がる状況の本質を自分の側に持ち込み、咀嚼していない。

沖縄について考えるときの暗い底なしの渦巻き、というもののなかに巻き込まれていって初めて、この世の中でしっかりと思考しているということを始めることになるのかもしれない。

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Commented by saheizi-inokori at 2016-07-27 10:09
意識して沖縄関連の本を読み続け感想をブログに書く、それくらい、それでもしんどいです。
大江本、世界連載中にとびとびで読みました、真面目に読んで見直そう。
Commented by k_hankichi at 2016-07-27 22:17
saheiziさん、とてもしんどいです。しかしこのしんどさを超えて気付きを得て、克己していかねば、自分自身にも意味はないのだと思いました。
by k_hankichi | 2016-07-27 07:07 | | Trackback | Comments(2)

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