自分は自分ではないかもしれないと感じる・・・『記憶の渚にて』

自分の進むべき道に迷いがあったなか、なにかすがるような思いで読み進めた。『記憶の渚にて』(白石一文、角川書店)。もとは東京新聞系に掲載されたものだそうで、よくぞこのように込み入った話を連載執筆したものだ、と感嘆した。

むかし、友人からもらった葉書に、作品の題名『一瞬の光』とともに「凄い作家だ」と書いてあったそれらの文字の美しさを今もって記憶しているが、そういった記憶自体も、もしかすると祖先のなかの誰かが経験して、そして自分らの遺伝子のなかに自然に刷り込まれた記憶の欠片なのかもしれない。

読了して、そういうことを思うようになった。

“叔父の手塚迅は代表作『時間の迷宮』のなかで、
「この時間というものこそが、イブが食べた善悪の知識の実にほかならない」
と記している。
そして、その時間を構成する要素のなかで最も重要なものが記憶なのだ。
試みに「時間」から「記憶」という要素を差し引いてみれば、そのことはすぐに了解できる。仮に、私たちから記憶が奪われ、すべてが刹那刹那で忘れ去られていくのならば、どこにも時間など存在しなくなってしまうだろう。記憶を失えば、時間を感じる私たち自身がいなくなるのだから、それは当然と言えば当然だ。誕生も、人生も、死も、まるで時間の流れに乗って生起しているかのようにも見えるが、それはそうではなく、誕生や人生や死の記憶こそが、時間という者を作り出している。”(「第二部」から)

“生命とは記憶なのだ、と。
生命が生命であるためには、自らの経験を「記録」や「因果」という形の記憶に変えて遠く未来まで伝えていかなくてはならない。その過程で生命はさまざまに分化し、進化していくが、しかし、そうした多様な生命に共通する特質は、彼らが皆、外界の出来事を自らの内に取り込み、それを休むことなく記憶しつづけることになる。”(同前)

僕らがもっている記憶とはいったい何なのか。

僕らの存在とは何なのか。

僕らはどこから来てどこに向かっていくのか。

そして僕自身はどこに向かっていくのか。

過去から未来に向かう永劫の流れのなかに放たれていくような気がした。

記憶の渚にて

白石 一文 / KADOKAWA/角川書店

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by k_hankichi | 2016-07-21 18:26 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by Oyo- at 2016-07-23 00:50 x
Zeitung連載で読み不思議な感覚に浸りましたことを思い出します。
Commented by k_hankichi at 2016-07-23 07:04
おようさんは、やはり読まれていらしたのですね。


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