車裂きの刑のことが繋がる奇縁

このあいだ読んだバッハについての書『聖書の音楽家 バッハ <マタイ受難曲>に秘められた現代へのメッセージ』のなかで、良く分からないところがあった。車裂きの刑、というものである。

17世紀の後半にバッハはエルフルト(テューリンゲン州の州都、冷戦時代は東ドイツに属した)という町で過ごしていたそうだけれど、その頃はドイツ最大の都市だった隆盛が廃れ弱体化していたという。この町はマルティン・ルターが1501年から1505年まで哲学を学び(エルフルト大学)、そして宗教改革の原点となった地でもある。

バッハの時代には、この町の政治的・宗教的支配権は、プロテスタントのザクセン公家から、マインツのカソリック大司教に移ってしまっていて、市民たちは大いに苦しんだという。反抗を企てる市民は、車裂きの刑その他容赦ない厳罰を覚悟しなければならなかった、と書かれていた。

「車裂きの刑」?

なんじゃそれは?と思いながら読んでいて、結局分からず仕舞いだった。

それが『ブリューゲルの動く絵』の映画トレイラーを観ていて、そこに突然、馬車の車輪に括り付けられた罪人の映像が出現して、まさしく稲妻に打たれるように驚いた。

神がお導きしてくれたのか。

「目覚めよと呼ぶ声す」、ということにまさに呼応するように思えた。

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by k_hankichi | 2016-05-30 07:08 | | Trackback | Comments(0)

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