構成からして良く理解しなければ・・・『マタイ受難曲』
杉山好による『聖書の音楽家 バッハ <マタイ受難曲>に秘められた現代へのメッセージ』(音楽之友社)を読んでいて、目から鱗が落ちるような思いがした。マタイ受難曲の冒頭の部分についてのことだ。
地上的水平次元での対話(杉山氏曰く)は、e-moll(ホ短調)で始まる。Wo-hin? wo-hin?と、第一合唱と第二合唱が呼びかけあうようなところだ。
“そしてそのやりとりがずっと続いて三十小節目に入ったとき、突如、天からの光が差しこんでくるように、ボーイ・ソプラノの斉唱のコラールが出てくる。いわば垂直次元の開示です。
「おお神の子羊、罪なくして十字架の上にほふられしおん身よ」”
杉山氏は、次のように言う。
“さて右のコラールを斉唱するボーイ・ソプラノを、昔の私は一種のアクセサリーと思っていたんです。(中略)けれどもバッハにとってのコラールは、聖書と並んで自分の音楽の屋台骨を形成していたんです。(中略)っしてこの冒頭合唱を一種のコラール・ファンタジア(幻想曲)に作り上げました。コラールが中心にあって、そこから曲の全体が構想されていったのです。そこで大事な問題は、このコラールが音楽の調でいうとG-durである点です。つまりe-mollに対してその関係長調、三度上のGです。そして同時にGというのはドイツ語ではGott(神)、あるいはGeist(御霊)という単語の頭文字でもあります。まさに地上の世界と神あるいは御霊、精霊の世界とがここで関係調として表裏一体に結び合いながら、この冒頭合唱を形作っている。本当にこれは奥が深くて立体的な楽曲なんです。”(「マタイ受難曲における象徴表現と現代」から)
その奥底にある哲学的なるまでの思想と世界。味わい尽くすのはまだまだ早い。咀嚼していくべき事柄が沢山ある。