平野啓一郎の『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)が良いよと友人に言われて読み始めたら、一気に掴まってしまい、のめり込むように読了した。過日に読んだ乙川優三郎の『ロゴスの市』と同類のビルドゥングス・ローマンだった。
主人公たちの出会い、対話、触発、擦れ違い、誤解、理解。そういった事柄のひとつひとつが、僕自身の過去の記憶と軌跡に呼応する。心が温かくうち震える。
“「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」”
突然出会った一組の男と女は、そんな思考、世の中の把握に共鳴する。すぐに互いの気持ちを察知しわかりあえてしまう。
天才ギタリストである主人公の蒔野聡史は、バッハの無伴奏組曲第三番、ブローウェル、ロドリーゴ、ブラームスの間奏曲などに取り組み、魂を発露してゆくさまに、僕らは自身の若き時代の軌跡を重ねてしまう。
結末は素晴らしく、ようやく明日に向かって生きようという気持ちになった。