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by はんきち

その日の前の静けさ

5年前のあの日のことを思い出す。こころの打ち震えというものが、繰り返しこみ上げてくる。そんななか、原点回帰するかのように一冊の本を読んだ。『21世紀の西脇順三郎 今語り継ぐ詩的冒険』(澤正宏、クロスカルチャー出版)。

中身は、澤正宏という人の講演が納められているもの。奇しくも、本の裏表紙には、僕が大好きな詩が掲げられている。

(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口に誰かとさゝやく
それは神の生誕の日。

(『天気』・・・詩集:『Ambarvalia』より)

講演会の題は「詩人 西脇順三郎を語る -水の女と放浪する乞食-」。多彩な語りのなかでも、詩集『失われた時』のなかから、次の部分を紐解くところが出てくる。「水の女」についてだ。

“・・・(前略)このように、川が海と合流していく浅い水のなかを流れていって、今にも死にそうな瀕死の状態の女性を書いています。やがて、この女性が水と化していくんです。その後の部分を読みます。

ねむりは野ばらにふれてほゝえみを
もらしまたねむりは深く沈む
いるかが鳴く
ねむりは永遠にさまようサフサフ
永遠にふれてまたさまよう
くいながよぶ

しきがなくわ
すゝきのほにほれる
のはらのとけてすねをひつかいたつけ
クルヘのモテルになつたつけ
すきなやつくしをつんたわ
しほひかりにも・・・
あす あす ちやふちやふ
あす

セササランセサランセサラン
永遠はたゞよう”

長い詩はこういうふうに終わります。
読んだだけではわかりませんが、この詩で最初に川を流れていくのは男性だったのですが、だんだん女性になっていくんですね。そして眠っていきます。水のなかで眠っていく意識の状態が言語化されていきます。外部に向いていた意識がだんだん自分に向かい、内部に集中していって、本当の眠りが始まる。深い眠りの状態は混沌とした意識の形態をとろうとして、それをここでは永遠の水としてイメージ化しようとしているんですね。眠りの状態には現実的な意識はありませんから、いろんな物事が錯綜し、混濁して入ってくるんです。”

目から鱗が落ちるように明快な解釈で、これがどんどんと続いていく。鍵谷幸信や飯島耕一の評論よりも、ずっとずっと身に沁みるので驚く。

著者は福島大学の名誉教授だそうで、僕は初めてこの方の西脇の解釈に触れた。その瑞々しくそして素直な感性に感嘆した。

氏は、東日本大震災における福島原発事故についても、膨大な論評や講演をされてきたということも知った。なにか非常なる縁というか、深い深いつながりがここにあるように思った。

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21世紀の西脇順三郎 今語り継ぐ詩的冒険 (エコーする<知> CPCリブレ)

澤 正宏 / クロスカルチャー出版

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by k_hankichi | 2016-03-11 00:24 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2016-03-11 07:05
良いね。また西脇順三郎を読み返したくなったよ。
Commented by k_hankichi at 2016-03-11 07:32
maruさん、円環思想ということになりますね。