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by はんきち

『耳の渚』に武満の音を懐かしむ

池辺晋一郎の『耳の渚』(中央公論新社)は、音楽時評なのだけれども、数々の作曲家、音楽家の在りし日を偲ぶ思いに溢れたものだった。

武満徹のことが、特に好きだったことが伝わってくる。自分の内なる声や音に耳を傾け、それを丹念に掬い取る、というように音楽を生み出しているのが武満だ、と池辺は説明する。その音楽の特徴は次のようだという。
“(前略)音楽を聴いていると、さまざまな推移ののち初めに出たメロディが再現される。すると聴く者は無意識にほっとする。推移は緊張の時間、再現は安定の時間。こうして音楽の作り手は聴く者の心を誘導、というよりほとんど設計する。これが、西欧近代が目指し、成就した芸術音楽のありかたであった。ところが、この設計にのっとっていないのが武満徹の音楽なのだ。もちろん武満作品にも推移があり、再現がある。だがそれらは、音響の中に埋もれるように、さりげなく、ある。だから武満音楽を聴く者は、西欧近代のそれを聴いている時のように明確な安定感に浸るのではなく、たゆとう音響の時間に身をゆだねる。ある音色にはっとすればある種の緊張を感じ、柔らかな音響にふんわりとした安心感を抱き、つまり「ドミナントとトニック」に該当するものを、任意に自分で、しかも無意識に設計するのではないか。”(「武満音楽の新しさ」より)
武満は、意識の下にあるものを音楽にしようとしていた。それは夢のなかで流れているものでもあるかもしれない。なんともいえぬ安堵の心に包まれる理由が少しわかった気がする。

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耳の渚

池辺 晋一郎 / 中央公論新社

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by k_hankichi | 2016-03-05 20:10 | | Trackback | Comments(3)
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Commented by maru33340 at 2016-03-06 05:50
池辺さんのエッセイ気になってた。
よさそうだなあ。
Commented by oyo- at 2016-03-06 07:02 x
やはり武満徹は天才かな?
Commented by k_hankichi at 2016-03-06 09:03
maruさん、おようさん、しみじみとするエッセイでした。