『『東京物語』と日本人』(小野俊太郎)に再びしみじみとする

『『東京物語』と日本人』(小野俊太郎、松柏社)は、粗いドンゴロス(麻布)でもって各章の表紙が描かれていて、紙面からも小津の世界が香ってくるものだった。

そしてその構成も、これまでの様々な評論と、ずいぶんと異なる。

はじめに 世界が認めたから偉いのか
第一章 尾道から上京する人々
第二章 東京で待つ人々
第三章 戦争の記憶と忘却
第四章 紀子はどこの墓に入るのか
第五章 『東京物語』の影の下で
おわりに 外に開くものとして
“この映画では鉄道をはじめとして「つなぐ」とか「渡る」というイメージが隅々まで効果的に働いているのだ。何よりも尾道の石灯籠の向こうで稼働する渡し船のようすから始まっていた。しかも象徴的に隅田川の向島ならぬ尾道の向島に渡るのである。そもそも渡し船は死者の国へと向かう乗り物である。日本では三途の川の渡し舟の船賃として死者に六文銭を持たせたし、ギリシア神話でも銅貨一枚で運ぶカロンの渡し船がある。とみの死のあとで、人がいない空っぽの桟橋が映し出されるのも、渡っていったあとの空虚さを表す。”(「第三章 戦争の記憶と忘却」より)
映画のみならず、あの時代に同じように生きていた人たちの来し方行く末までを描こうとした評論だった。また小津の作品を観たくなった。

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『東京物語』と日本人

小野 俊太郎 / 松柏社

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Commented by maru33340 at 2016-02-28 18:25
あれ、この本読んでなかった。
読まなきゃ。
Commented by k_hankichi at 2016-02-28 19:03
maruさん、あの時代に自分が生きているような感じになります。
by k_hankichi | 2016-02-28 16:39 | | Trackback | Comments(2)

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