音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

そこが、ブキ・テマ高地の麓だった

例によっての弾丸出張をしたのだけれど、今回の訪問先は、なんとブキ・ティマ高地の麓だった。藤田嗣治が戦時中に描いた『シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)』 を年末に観たばかりだったから、それはビックリし、そして非常な縁を感じた。

ブキッ・ティマ(Bukit Timah)はマレー語で「スズの採れる丘」(英語では"tin hill" )という意味の土地だそうで、シンガポール島のほぼ中心部に位置する丘陵。藤田が描いたのは、ここを拠点に攻略していたその風景だった(昭和17 年)。

Wikipediaによると、次のように記載されていた。

“シンガポールの戦い(Battle of Singapore)は、第二次世界大戦の東南アジア戦域で、1942年2月7日から2月15日にかけて行われた戦闘である。2倍を超える兵力差を覆して、当時難攻不落と謳われたシンガポール要塞を日本が10日足らずで攻略した結果、英国が率いる軍としては歴史上最大規模の将兵が降参した。ウィンストン・チャーチル英国首相は自書で「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評している。”

そこまでして攻め込んだ上の結果は問うまでもなく、この地で、僕の目の前に広がっていたものを眺めれば明らかだった。素晴らしきまでの独立自尊と、相互協調の精神の昇華としての隆盛、そして繋げてきた努力のあかし。

その土地土地というものは、そこに根差す人たちの心の絆によって営まれ、未来につなげていくべきもの。そういうことを歴史は証明している。

■ブキ・ティマ:標高163.63メートルで、シンガポール最高地点。以下が、そこにある標高碑。→https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=406218
c0193136_07162395.jpg

■シンガポールの春節飾り。この地も中国社会である。
c0193136_07175490.jpg

[PR]
by k_hankichi | 2016-01-30 07:15 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://hankichi.exblog.jp/tb/25240950
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by maru33340 at 2016-01-30 18:59
感無量であります。
Commented by k_hankichi at 2016-01-30 21:15
maruさん、はい。あのときの藤田の目線や視野がどうなっていたのか、想像していました。