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by はんきち

唸りのような感嘆の溜息が出るエッセイ・・・ 『木挽町月光夜咄』

驚いた。読み終えたあと、唸りのような感嘆の深い溜息が出て、手にした本の背表紙などを今更ながらにしげしげと眺め回してしまった。

『木挽町月光夜咄(こびきちょうげっこうよばなし)』(吉田篤弘、ちくま文庫)は、今年読んだなかで最高、というか、ここ数年に読んだ中で最高のエッセイだった。

小説の『つむじ風食堂の夜』、『百鼠』の静かな空気の流れは独特なのだけれど、実は僕は何かしら物足りないところを感じていた。それがどうだ。エッセイは百二十点の出来なのだ。

まず第一篇が「左利き」で始まる。なにも僕が左利きだから凄いと思ったのではない。しかし左利きが自分自身のことをどう解釈しているのかということが、あまりにも僕自身のものと同じで、そうかと思うと話の内容が一気に昔の記憶に飛び、そこの世界に行ったままなのかと思うと再び現世に舞い戻る、その具合が絶妙なのだ。

短篇の連なりかと思うとそれは違って、銀座の木挽町(いまの歌舞伎座のあたり)で鮨屋を営んでいた吉田音吉という、著者の曾祖父のことを辿っていく徒然の日々。ある種小説仕立てになっている。とはいえ、何らかの結論まで導こうとした作為があるわけではなく、あっちにいったりこっちに寄り道したり、きっかけが本筋になったりして、その風来坊感が心地よい。

もちろん結末は「木挽町へ」という一篇で締めくくられるのだけれど、ぶらり街角一人旅のような行脚の結末に相応しい爽快さだった。

初出は2010年から2011年にかけて筑摩書房のインターネット版雑誌『Webちくま』に連載されたものだそう。だから東日本大震災に遭遇した時期の事柄も織り込まれていて、それはまた僕自身のあの頃の記憶を呼び起こす作用ももたらす。

とても触発的な、英語で云えばspontaneousな感覚に包まれる作品だ。

追伸:この書は単行本と文庫版があるが、後者のほうがよく、それは「遠くの自分」や「月夜の晩の話のつづき」という著者のあとがきや、坪内祐三による解説(吉田篤弘と同じ赤堤小学校を出ているそう)も収録されているからだ。



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木挽町月光夜咄 (ちくま文庫)

吉田 篤弘 / 筑摩書房

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by k_hankichi | 2015-11-29 00:23 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2015-11-29 07:47
これは良いよね。
僕は単行本で読んで、君も書いている理由で文庫でも読んだ。
吉田さんの本でもベストなり。
Commented by k_hankichi at 2015-11-29 07:56
maruさん、そうであったか。吉田さんの新たなエッセイがあれば、必ず読みたいねえ。