音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

『私のジャン・コクトー』・・・ジャン・マレーを通じて知る小津的なもの

件の『国際シンポジウム 小津安二郎 生誕100年記念「OZU2003」の記録』の本のなかで、ジャン・コクトーの言葉が引用されていて、コクトーのことが気になっていた。『私のジャン・コクトー 想像を絶する詩人の肖像』(ジャン・マレー、東京創元社)を読むとすこしそれが分かってきた。

ジャン・マレーは、ジャン・コクトーに24歳の時に出会い、そのときに自分は生まれた、と信じている。その彼がコクトーを見習って身に着けた演技の方策というものが、実はマレーが若い時から従っていた自分の信念と同じだったのだということが書かれている。

“ずっと昔からのことだが、私はある奇妙な能力に恵まれている、意に反する状況、私を憤慨させる状況、あるいはただたんに迷惑な状況におかれると、私は自分の肉体から抜け出ることができるのだ。そして肉体のほうは、人生のさまざまな命令に服従しつづけ、日々の仕事や戦争のドラマさえ生きつづける。私はこうしてさまざまなレセプションや愚かしさからの逃げだすことができる。”

小津の映画のなかでの俳優の姿もそういうものなのだということが、フランスの詩人や俳優の言葉からも知ることができた。

c0193136_09270138.jpg


私のジャン・コクトー―想像を絶する詩人の肖像

ジャン マレー / 東京創元社

スコア:


 
[PR]
by k_hankichi | 2015-09-29 06:36 | | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://hankichi.exblog.jp/tb/24734447
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by maru33340 at 2015-09-29 07:14
この感じは何となくわかるような気がする。
能の演技にも通じるかも。
Commented by k_hankichi at 2015-09-29 18:50
maruさん、そうなんです。能ですね。