吉野弘の「奈々子に」に泣く

件の吉野弘のエッセイ集のなかに、彼の長女と次女について思っていることが書かれていた。そのなかで、長女の誕生の際に創った詩のことが紹介されていた。

ここには、とても深いところから、じわんじわんと湧いてくるものがあって、それはそれは力強く、そして身体がわななくのだった。自分の家のことのようにも思った。

泣いた。

吉野さんという人は、とてつもなく優しい。そしてその底は、この詩のように果てしない。

「奈々子に 」

赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた

苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。

くらしとことば: 吉野弘エッセイ集 (河出文庫)

吉野 弘 / 河出書房新社

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Commented by およう at 2015-08-27 11:07 x
詩とは自分の経験が深まれば深まるほど心に響きますね。お大切に。
Commented by k_hankichi at 2015-08-28 00:11
はい。おようさん、感じ入ります。
by k_hankichi | 2015-08-27 06:32 | | Trackback | Comments(2)

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