産湯の盥(たらい)の縁が光っていたことを覚えていると書いていたのは、三島由紀夫だったけれど、夜の闇に盥が浮き出て、艶っぽく光り輝くシーンが、限りなく美しい映画だった。
『この国の空』(監督:荒井晴彦)のことである。
主人公の里子を、二階堂ふみが演じていて、ちょっとたどたどしい台詞が、却って、少女から女に移行していきつつある頃合いの女の揺れ動く気持ちを表していてよかった。
そして、この作品の中で、盥が暗闇のなかに妖艶なるまでに光るとき、この映画は文字通り最高潮に輝いていた。朗読される茨木のり子の詩が、とてもマッチしていた。
「わたしが一番きれいだったとき」
茨木 のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように ね
■スタッフ
監督:荒井晴彦
原作:高井有一
詩:茨木のり子
撮影:川上皓市
音楽:下田逸郎
■キャスト
里子:二階堂ふみ
市毛:長谷川博己
里子の母親:工藤夕貴
里子の伯母:富田靖子
■製作 2015年、日本、東映
■映画『この国の空』予告編 →
https://youtu.be/0QPj5OGWvnk
■This Country's Sky - Japan Cuts 2015 →
https://youtu.be/lhMKtcXaBDA