なかにし礼の語る戦争と「恋のハレルヤ」

6日の夜のBS日テレの「深層NEWS」には、深く押し黙るしかなかった。

今回は、「なかにし礼が語る戦争・壮絶!満州引き揚げ・・・人間の残虐さ目の当たりに」というもの。終戦のときの戦争体験だ。満州に暮らしていた一家が、ソ連軍の追撃を逃れ、ハルビンまで至る道筋で出会ったさまざまな出来事の数々。

なかにしさんは、次のようなことを語っていた(と思う)。

「ふだん国家や人間が、善人面をして振る舞っていた全てのものを、戦争というものは剥ぎ取る。自己中心主義、残酷さ、意地悪さ、浅ましさ、残虐さ、おぞましさというものを、あからさまに表してしまう。

戦争というものは、これほどまでに人間の地獄を見せつけるのか、これほど悲しいものなのか、ということが心の底に深く深く刻まれた。そして戦争のあとは、そういったあまりにも壮絶な事柄を、あたかもすべて忘れたかのようにしなければ、生きることができなかった。

国家は、その人たちが生きている「国」を運営している顔だけであって、大上段に構えて人々を従えるものでもない。

素知らぬ顔で、毎日を送らなければならなかったことが生んだ反動が、唄の詞であり、戦時中に強制されていた七五調を破壊することだった。

そんなときに生まれた一つが『恋のハレルヤ』(1967年、歌:黛ジュン、作詞:なかにし礼、作曲:鈴木邦彦)。
(※歌詞は以下。 →http://www.uta-net.com/song/1835/

「ハレルヤ」の着想は、国家(「国」ではない)を愛すということに心を注ぎ、そしてそれに裏切られ、ずたずたになりながら逃れてきた先の光景が原点となった。それは、目の前に拡がるどこまでも真っ青な日本海だった。

帰らぬ あなたの夢が
今夜も私を泣かす

夜空に 祈りを込めて
あなたの名前を呼ぶの

というその「あなた」は「国家」ではなく、純粋なる「日本」だった。国家ではなく、国なのだった。

われわれは戦争をする国家を支えてはならない。理想に向かって生きる人々とそしてそういう国を目指すことに懸命になるべきなのだ。」

Youtubeを探してみれば、この曲の映像があって、再び心に沁みた。AKB48のメンバーの岩佐美咲という歌い手もこの曲を歌っていて、予想以上にそれは旨くて、でも、なかにし礼の込めた気持ちは彼女は知らないのだろうなと思って複雑な気持ちがした。
 
 
■『恋のハレルヤ』 by 黛ジュン →https://youtu.be/GnH0ufAywi8
 
■『恋のハレルヤ』 by 岩佐美咲 →https://youtu.be/bHVhB7hupgI
  
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by k_hankichi | 2015-08-07 00:27 | 社会 | Trackback | Comments(0)

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