詩が喚起する記憶・・・『はじめの穴 終わりの口』

記憶のことがいろいろな切り口で絡み合ってくる日々が少し続いた。そんななか、読んでいるのが井坂洋子による詩にまつわるエッセイ『はじめの穴 終わりの口』(幻戯書房)。この本は、切ない事柄、愉しい事柄など、たくさんの記憶に包まれている。それらによって、不思議と深く安堵の気持ちに包まれる。

「雨樋の羽根」という一篇では、つぎのような言葉で締めくくられる。

“ずいぶんと長く生きてきたが私は私と合致せず、うわの空で過ごしてしまったみたいに記憶が空白だ。みんな誰かの記憶であって、私には夕闇だけが目の前にある。空箱を次々あけていっても空箱しか入っていない。どんどんと小さくなる最後の空箱に、一点のしみが、雨樋にひっかかった羽根のように浮かんでいる。
小さな罪をおかすほどのキモでさえももちあわせていないが、じっと動かずにいることもできない。先にすすまなくてはと思う。私よ、そこをどいてほしい。早くしなければ夜がやってきてしまう。なのに硬直し、岩のような私の、闇に紛れそうなわずかな自恃の影が地表にながく伸びている。とり残されている。”

詩人の書くエッセイは静寂で、しんみりと心に沁み入る。

はじめの穴 終わりの口

井坂 洋子 / 幻戯書房

スコア:


  
[PR]
トラックバックURL : http://hankichi.exblog.jp/tb/24416170
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by k_hankichi | 2015-07-18 13:19 | | Trackback | Comments(0)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち