『日付変更線』(辻仁成)が語るもの

『日付変更線』(辻仁成、集英社)を読了。ハードカバーの装丁になっている日系二世アメリカ兵の写真が、いつまでも目に焼き付いた。どんなに平和を愛し、自然の作り出す泰平の世界を愛す人であろうとも、いったん戦争に参画してしまうと、人の心はいとも簡単に変貌し、脆くも瓦解してしまうことが如実に描かれていた。

政治の世界では、「備えをしていることによって事前に戦争を防ぐことができる、それが抑止力」と言っている。そうなのだろうか。人の恐怖というものは、留まるところを知らない。恐怖感というものは際限がない。そこには意図しない憎しみまでもが混じっていく。

だから、一旦、戦うのだ、守るのだ、と思い込んでしまった瞬間、あるところで箍が外れてしまうと、その気持ちは加速度的に広がる。迫りくる何者かに駆られて、ひとりひとりの人間は「鬼」に変貌してゆく。それが人間の性なのだということを、この小説は伝えている。

ハワイの太古からの歴史と自然に共鳴し、我々は過去からの流れのなかに生きているちっぽけな存在なのだ、ということに若いときに気づいた日系二世のニック。純粋なる彼は、始めは次のように云う。

“「人間は未来を尊ぶがあまり、過去をなおざりにしている。記憶の中で生きるということだ。これは人間の記憶というレベルの話じゃないよ。この星が持っている太古から今日までの記憶、或いは生命が持ち続けてきた遺伝子の記憶、万物を構成する素粒子の記憶などを指す。いや、この宇宙全体の記憶だ。そして、意識が生まれる前の世界へ回帰することが、昨日の世界で生きるということを意味する。」”

このような意識を持っていたニックですら、一旦、戦いの渦のなかに投げ込まれてしまうと、無造作に人を殺してしまう謂わば兵器と化す。日系二世で組まれた442部隊の欧州戦線でのことだ。

彼ら日系二世が巻き込まれたもの。それは運命の渦ともいえる。日付変更線の向こう(未来)の国・日本に憧れ、しかし、自分らは、日付変更線のこちら(現在と過去)に生きる。その目に見えない線が、自分たちを分断し、そして、自分たちの未来は、思いもかけぬ方向に転換していく。

ニックは言う。

“「運命というのは、結果に対して使う言葉だ。まだ何も始まってないものに使える言葉じゃない。君が言う運命というのは、ただの誤解とか錯覚のことを指す。死ぬまで、人間は、それが運命かどうかなんて分からないものだ。」”

学友であり、また同じ部隊に加わったレナードも次のようにも言う。

“「運命の出会い、と人は自慢する。最初からぼくらは出会うことが決まっていたんだって、目を輝かせて言う。でも、そうじゃない。出会った結果に、運命が後付けされて、さも、その出会いが、あらかじめ神によって定められていたかと思うような、神々しさを生み出す。卵が先か、鶏が先か、ってのに似てる。運命は言わば、出会った結果を、より神秘的に見せる後付けの装飾品に過ぎない。人間は出会うために日々を生きてきた。その努力が二人を出会わせた、と思うのが正しい。」”

彼らが未来に残したものとは?四世のケインと同じくマナは、数奇な運命を経て、その糸がひとつに繋がっていく。

この小説のラストは2015年8月14日。米国で太平洋戦争が始まった日から数えて70年の節目の日。歴史の歯車の起点のことに思いを馳せるとともに、それがどんなに酷いことをもたらしたのか、ということを改めて深く考える。

辻仁成の小説の世界が、より拡く変わりつつある。

日付変更線 上 The Date Line

辻 仁成 / 集英社

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日付変更線 下 The Date Line

辻 仁成 / 集英社

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Commented by maru33340 at 2015-07-15 07:24
辻さん新境地だなあ。
Commented by k_hankichi at 2015-07-15 08:00
maruさん、みぽりん効果だと思う。あの経験によって作家として一段と深みが増したよ。
by k_hankichi | 2015-07-15 06:18 | | Trackback | Comments(2)

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