『失われた時のカフェで』(モディアノ)を読む

パトリック・モディアノの『失われた時のカフェで』(作品社)を読了。パリのカルチェ・ラタンとその対岸が舞台で、あたかも自分がそこにいて、お酒を飲み、煙草をくゆらせ、人々と話をしているかのような、そういう気持ちにさせる作品だった。

翻訳は平中悠一というひとによるもので、彼によるモディアノ論が同時に収められているから、とても得をした気分になる。

次のような説明に、なーるほど、と思わず頷いた。

“大雑把な議論になるが、モディアノの作品が大きくいって『自分探し』の物語であるとすれば、<謎の女>の存在は、その自己の中にある解明しえない謎の外在化であり、二重化という意味を持つ。客体化、実体化、といってもいいだろう。そのブラック・ホール的謎の二重の意味での象徴であるこのヒロインが、彼女自身を語りだす・・・。凡百の<謎の女>をめぐるミステリアスな物語であれば構造的にこんなことはありえない。もしあるとすれば物語の終盤、<種明かし>の部分以外考えられない。そうでなければ<謎>をめぐる物語は成立しえないはずだが、そこはモディアノ。物語の中程で、このヒロイン自信をナラターとして登場させてしまう・・・。謎が謎について語りだす、しかも物語の中盤で!という意味で、これは極めてスリリングな局面なのだが、結局<私>について語ることは本質的に、とりもなおさずそういうことなのだ、というモディアノの立場・見識がそのまま反映されているようにも思える。”

訳者によれば、本作はモディアノのベスト盤と呼んでもいいような長篇、としている。読み終えても、どことなく視線と思考が揺れ動いたままのように感じる、これがまさにモディアノなのかな、と思った。
  

失われた時のカフェで

パトリック・モディアノ / 作品社

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Commented by およう at 2015-07-13 10:29 x
モディアノ作品、何かまとめて読んでいた頃で内容が混乱していますが`永遠の繰り返し’を思い出しました^^;
Commented by k_hankichi at 2015-07-13 18:50
おようさん、そうそう、永遠の繰り返し、です。それぞれのひとが、それぞれの永遠を持っているのだ、と思いました。
by k_hankichi | 2015-07-13 00:15 | | Trackback | Comments(2)

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