『詩についての小さなスケッチ』(小池昌代)のなかの茨木のり子

詩人・小説家の小池昌代が著した詩についてのエッセイと評論は面白かった。『詩についての小さなスケッチ』(五柳叢書)。さまざまな詩人の詩や作風についても、ひとつひとつ、ゆっくりと味わい噛みしめ、理解しようとする。茨木のり子の詩については、リルケの『マルテの手記』を引用しながら次のように書く。

“「詩はいつまでも根気よく待たねばならぬのだ。人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩はほんとうは経験なのだ」(大山定一訳、新潮文庫)。

茨木のり子は、そのように、蜜と意味を丹念に集め、それらがゆっくりと蒸溜されるのを待って一編を書いた。とても贅沢な詩人である。わたしが最初に出会ったのは、「汲む -Y・Yに-」という詩だ。読んで泣いた。”


「汲む―Y・Yに―」   茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになるということだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女の人と会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


こういう詩に会えることは幸せだ。

詩についての小さなスケッチ (五柳叢書 101)

小池 昌代 / 五柳書院

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by k_hankichi | 2015-06-14 10:19 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2015-06-14 19:02
これは僕も好きな詩。
茨木のり子さんの最上の作品のひとつやね。
Commented by k_hankichi at 2015-06-14 23:27
maruさん、世の中に、生まれ出てしまったことの不安と恥じらいは、いくつになっても失いたくない。その気持ちがとても良いです。


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