『もしも、詩があったら』(アーサー・ビナード)

アーサー・ビナードの詩はあまり読んだことがなかった。『もしも、詩があったら』(光文社新書)では、彼がどんなところに詩情を感じ、日本語にも親しみ、詩を書き、今に至ったのかを知ることができて、ああこのひとは僕の仲間だったんだなあ、と分かって親しみが増した。

彼は高村光太郎の次の詩を紹介している。作者の隠しきれない告白だといいながら、核心に触れないまま詩が終わるとする。僕も、この物足りなさが却って悲しみを増すのだとも思った。

「もしも智恵子が」

もしも智恵子が私といつしよに
岩手の山の源始の息吹に包まれて
いま六月の草木のここに居たら、
ゼンマイの綿帽子がもうとれて
キセキレイが井戸に来る山の小屋で
今年の夏がこれから始まる
洋々とした季節の朝のここに居たら、
智恵子はこの三畳敷で目をさまし、
両手を伸して吹入るオゾンに身うちを洗ひ、
やつぱり二十代の声をあげて
十本一本のマツチをわらひ、
杉の枯葉に火をつけて
囲炉裏の鍋でうまい茶粥を煮るでせう。
畑の絹さやえん豆をもぎつてきて
サフアイア色の朝の食事に興じるでせう。
もしも智恵子がここに居たら、
奥州南部の山の中の一軒家が
たちまち真空管の機構となつて
無数の強いエレクトロンを飛ばすでせう。

詩の舞台と同じ六月に、詩の舞台と同じみちのくから帰京して、この詩を読んだら、遠くにいるはずの智恵子が、僕のすぐ目の前に居るような気がした。

もしも、詩があったら (光文社新書)

アーサー・ビナード / 光文社

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by k_hankichi | 2015-06-13 07:59 | | Trackback | Comments(4)
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Commented by maru33340 at 2015-06-13 08:52
そうこの人は僕らの仲間。
他のエッセイもお薦めですよ。
Commented by k_hankichi at 2015-06-13 09:03
maruさん、楽しみです。
Commented by およう at 2015-06-13 11:10 x
このような方がいられるのですねー。この高村光太郎の詩、どことなく賢治を想わせるものもあり、詩人のこころの切なさが伝わってきます。本も読んでみます^^
Commented by k_hankichi at 2015-06-14 09:40
おようさん、アーサー・ビナードは、maruさんお薦めの詩人です。日本語を学ばれ、日本語で書かれます。


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