『わたしの渡世日記』を読む

『わたしの渡世日記(上、下)』(高峰秀子、新潮文庫)は、すばらしい自叙伝だった。嫌味や衒いの無い、真正面から書いた文章には、人柄があふれ出てくる。浮いた話の一つや二つも無かったのか、と思えば、次のような文章にも出会う。

“昭和二十一年、東宝争議が分裂して以来、私は東宝から離れたので金指英一とは疎遠になったが、そのころは俳優課長からプロデューサーに転向していた平尾には引き続きなにかと相談にのってもらったり、彼の企画作品に出演したりしていた。私とは二十歳も年齢の違う平尾は、私にとって初めは父親のように頼りがいのある存在だった。そして、ハッと気がついたとき、彼が周到に計画した「色と欲の二筋道」を、私は夢遊病者のように歩きはじめていたのである。”

あまりくどくどとは書いてはいないが、そこだけはちょっとだけ厭世的な雰囲気になっている。成瀬巳喜男の映画『浮雲』の主人公の女が語っているかのよう。

かと思えば、小津安二郎監督との思い出などを描く。

“酒席の小津安二郎は、深川の生まれらしく口調もいなせなべらんめえで、飲めば唄のひとつも出るという陽気な酒だった。「芸術」という言葉を嫌い、親分と呼ばれることを好んだ彼に、あたくしは「キッチリ吉五郎親分」というニックネームを進呈した。
「キッチリ山の吉五郎か・・・。でもねェ、デコ、吉五郎はやっぱり吉五郎の映画を作っていくよ・・・・。だってそうだろ、長年豆腐ばっかり作ってた奴に、とつぜんハンペンやガンモドキ作れったってそうはいかないよ、、俺はやっぱり、豆腐だけつくる・・・」
ふっと盃を置いて食卓に頬杖をつき、意外と真面目な表情で答えた彼に、私はチラと演出家小津安二郎の悩みをみたような気がして黙った。”

高峰の、人を鋭く洞察する審美眼が光る。

この人の出ている映画を、もっともっと観なくては、と思った。

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わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫)

高峰 秀子 / 新潮社

スコア:

わたしの渡世日記〈下〉 (新潮文庫)

高峰 秀子 / 新潮社

スコア:


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by k_hankichi | 2015-05-30 17:58 | | Trackback | Comments(2)
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Commented by maru33340 at 2015-05-31 05:54
これは本当の名著なりね。
是枝監督が成瀬監督の『稲妻』(高峰秀子も出演)を推奨していた。
見たし。
Commented by k_hankichi at 2015-05-31 08:38
『稲妻』観たいのですが、レンタルショップには無く、探しています。木下恵介作品のほうが棚に多い・・・。何故だろう。


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