「喉がビタッとね」の恐怖…「心がポキッとね」ではない

昨日、タクシーに乗った。運転は老年に近い男のひとで、落ち着いたスピードでゆるゆると走らせる。しばらくすると彼は呟くように話し始めた。

「インドで人がかなり倒れて亡くなりましたね、熱中症で、数百人。」

よくわからなくて、そうなんですか?ニュース?と聞き返す。

「新聞に載っています、この季節、あちらはかなり危ないようで。」

「私もね、20年ぐらい前にね、倒れたんですよ、熱中症で。麦わら帽子を被って畑で草取りをしていたんですよ、二時間くらいやったかなあ、少しフラフラしたかと思ったら、足が動けなくなり、ピタッと喉が貼り付いた感じで息が出来なくなってしまった。」

諭すようにゆっくりと語る。ここは御仏の間なのか。僕は生唾をごくりと飲み込む。

「木の下まで這って行ってそこで倒れていた、水筒まで、あと二、三歩なのに取ることができず数時間、倒れていた。少しだけ動けるようになって、水を飲みました、そして生き返りました。」

「喉がね、喉ちんこがね、ピタッとね、貼り付いたら危ないんです、口からは息は出来なくなる、そしたらね、鼻から息をしなさいと、あとで聞いたら医者が言った。」

運転手のおじさんはゆっくりと、しかし「ピタッ」という言葉を実に冷たく言い放つ。その貼り付くさまが分からない。けれど、「ピタッ」という音は実に怖い。

「水をね、いつも肌身に近いところに置いておくことです。そして喉が乾いていなくても、口のなかを潤す程度に時々舐めるのでもよい、そしたら貼り付くなんてことない。」

お坊さんの語りに、心が更に鎮まりかえる。しかしさらに拍車がかかってくる。

「インドじゃね、道でそのまま動けなくなっちゃうんだろうね、そしてそうやって喉がピタッとね、息ができなくなってしまう、やがて知らずうちに亡くなってしまうんだろうね。」

僕はますます寡黙になる。目的地に着いた。足が真っすぐペットボトルを買い求めに向かい、理由なく喉に注いでいた。暑かったのではない。怖かった。

今朝起きてみて、テレビを見ていたら、今日の日本の気温について報じていた。
 
「喉がビタッとね」の恐怖が倍加した。「心がポキッとね」どころではない。
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Commented by maru33340 at 2015-05-27 07:54
読み終えて
水一杯を
飲みほせり
(怖い話しやった~)
Commented by k_hankichi at 2015-05-27 08:04
貼り付きし
喉奥のもの
いと欲しき
(阿部定)
Commented by sara at 2015-05-28 19:56 x
夜読みながら、ふと周囲を見回しました。「ぴたっとね」。得体の知れない何かが耳元で呟いてるようで。小さい頃、夏になると、あれやこれやが怖かったことを思い出します。このお話、温暖化の今ならではの、「怪談」かも。
Commented by k_hankichi at 2015-05-28 20:32
saraさん、なるほど。晩春の怪談、でありますね。このさき、どんな怪談が、さらにあるのか。ちょっと怖いもの見たさ。
by k_hankichi | 2015-05-27 07:35 | 街角・風物 | Trackback | Comments(4)

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